雨の温室に咲く約束
第十二章「両家の卓」
都心の高級料亭。
静かな個室に、重厚な卓が据えられていた。
漆塗りのテーブルには季節の花が飾られ、障子越しの灯りが柔らかく部屋を照らしている。
その場に集まっているのは、遠野家と久世家。
双方の父母、そして当事者である皐月と玲臣。
——空気は重かった。
噂が社交界を駆け巡り、「破談か」という声が高まっている。
皐月は正座に近い姿勢で膝を揃え、俯いたまま動けなかった。
口火を切ったのは、皐月の父だった。
落ち着いた声に鋭さがにじむ。
「玲臣くん。最近の噂、どう説明する?」
玲臣は背筋を伸ばし、正面から答えた。
「根拠のない憶測にすぎません」
その声音は冷静だが、奥に熱を孕んでいた。
だが遠野会長は続ける。
「だが、事実として写真が出回っている。高瀬玲奈さんと親しくしているのも事実では?」
皐月の母が心配そうに娘を見た。
皐月はうつむいたまま、小さな声で囁く。
「……お父様。私……この婚約を続けてよいのか分かりません」
玲臣の心臓が鋭く跳ねた。
隣に座る彼女の震えを感じながら、強い声を放つ。
「俺が好きなのは皐月だけだ」
部屋の空気が一瞬、凍りついた。
沈黙のあと、久世家当主が低く息を吐いた。
「玲臣。軽々しく言葉にするものではない。証拠もなく、ただ感情を口にしても通用しないぞ」
「証拠なら、いくらでも示します」
玲臣の瞳は真っ直ぐだった。
「俺は皐月以外を見たことがない。写真に映った仕草は誤解にすぎない。……だが、俺の心は誤解ではない」
皐月は震える唇を噛んだ。
“信じたい”と心が叫ぶのに、玲奈の言葉がそれを押し潰す。
「彼には、ずっと好きな人がいる」
「それは、あなたの親友よ」
頭の中で響き続ける声。
胸の奥にしみ込んだ疑念は簡単に消えなかった。
遠野会長が娘を見つめる。
「皐月。お前の意志はどうだ」
問われ、皐月は顔を上げた。
視線の先には、真っ直ぐに自分を見つめる玲臣の瞳。
その熱に心が揺れる。
「……私は……」
声が震え、言葉が続かない。
「皐月!」
玲臣の声が重なる。
「俺を信じろ。たとえ誰が何を言おうと、俺が愛しているのはお前だけだ」
皐月の瞳に涙が滲んだ。
けれど、その涙は“嬉しさ”ではなく“苦しさ”の色を帯びていた。
「……信じたいのに、信じられないの」
そう呟いた声が、障子越しに響く雨音に混じって消えた。
静かな個室に、重厚な卓が据えられていた。
漆塗りのテーブルには季節の花が飾られ、障子越しの灯りが柔らかく部屋を照らしている。
その場に集まっているのは、遠野家と久世家。
双方の父母、そして当事者である皐月と玲臣。
——空気は重かった。
噂が社交界を駆け巡り、「破談か」という声が高まっている。
皐月は正座に近い姿勢で膝を揃え、俯いたまま動けなかった。
口火を切ったのは、皐月の父だった。
落ち着いた声に鋭さがにじむ。
「玲臣くん。最近の噂、どう説明する?」
玲臣は背筋を伸ばし、正面から答えた。
「根拠のない憶測にすぎません」
その声音は冷静だが、奥に熱を孕んでいた。
だが遠野会長は続ける。
「だが、事実として写真が出回っている。高瀬玲奈さんと親しくしているのも事実では?」
皐月の母が心配そうに娘を見た。
皐月はうつむいたまま、小さな声で囁く。
「……お父様。私……この婚約を続けてよいのか分かりません」
玲臣の心臓が鋭く跳ねた。
隣に座る彼女の震えを感じながら、強い声を放つ。
「俺が好きなのは皐月だけだ」
部屋の空気が一瞬、凍りついた。
沈黙のあと、久世家当主が低く息を吐いた。
「玲臣。軽々しく言葉にするものではない。証拠もなく、ただ感情を口にしても通用しないぞ」
「証拠なら、いくらでも示します」
玲臣の瞳は真っ直ぐだった。
「俺は皐月以外を見たことがない。写真に映った仕草は誤解にすぎない。……だが、俺の心は誤解ではない」
皐月は震える唇を噛んだ。
“信じたい”と心が叫ぶのに、玲奈の言葉がそれを押し潰す。
「彼には、ずっと好きな人がいる」
「それは、あなたの親友よ」
頭の中で響き続ける声。
胸の奥にしみ込んだ疑念は簡単に消えなかった。
遠野会長が娘を見つめる。
「皐月。お前の意志はどうだ」
問われ、皐月は顔を上げた。
視線の先には、真っ直ぐに自分を見つめる玲臣の瞳。
その熱に心が揺れる。
「……私は……」
声が震え、言葉が続かない。
「皐月!」
玲臣の声が重なる。
「俺を信じろ。たとえ誰が何を言おうと、俺が愛しているのはお前だけだ」
皐月の瞳に涙が滲んだ。
けれど、その涙は“嬉しさ”ではなく“苦しさ”の色を帯びていた。
「……信じたいのに、信じられないの」
そう呟いた声が、障子越しに響く雨音に混じって消えた。