雨の温室に咲く約束

第十五章「崩れる嘘」


 秋雨はまだ止まない。
 久世ホールディングスの副社長室。
 玲臣は机に並べた資料を凝視していた。

 そこには、ネット記事の配信履歴と、写真データの送信記録。
 出所をたどると、玲奈の名が浮かび上がる。

「……やはりお前か」

 低く呟き、拳を握る。
 皐月が信じてしまったのは、この偽りの仕掛けのせいだった。



 その夕刻。
 玲臣は温室に皐月を呼び出した。
 雨音がガラスを叩く中、彼は手にした封筒を差し出す。

「これを見ろ」

 中には、記事配信会社の担当者からの証言。
 写真を送ったのが玲奈であることが記されていた。

「……玲奈が?」

 皐月の瞳が揺れる。
 信じたくない。
 けれど、目の前の証拠が真実を告げていた。

「皐月。お前が信じた“俺には好きな人がいる”という話も、すべて玲奈の嘘だ」

「……っ」

 頭が真っ白になる。
 幼い頃から一番近くにいた親友。
 その言葉を信じて、ずっと玲臣を避けてきた。

 ——全部、嘘だった。



 皐月は膝から力が抜け、ベンチに腰を下ろした。
 ガラス越しの雨が滲んで見える。

「……どうして……玲奈がそんなことを」
「理由は分からない。だが——」
 玲臣は強く言い切った。
「俺が好きなのは皐月、お前だけだ」

 皐月の瞳に涙があふれる。
 信じたい。
 でも、心の奥にまだ残る恐れが彼女を縛っていた。

「……私は……親友に嘘をつかれて、あなたにまで背を向けて……」
「お前は何も悪くない」
「違う……! 私がもっと信じていれば……」

 声が震え、嗚咽が混じる。



 玲臣は膝を折り、目の高さを合わせた。
 その瞳は真剣で、嘘ひとつなかった。

「皐月。お前がどれだけ逃げても、俺は追う。もう二度と、嘘や誤解にお前を奪わせない」

 その言葉に、皐月は顔を覆った。
 涙が指の隙間から零れ落ちる。

 温室の外では、雨音が次第に静まり始めていた。
 まるで長い嵐の終わりを告げるかのように。
< 16 / 22 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop