雨の温室に咲く約束
第十六章「玲奈の告白」
秋雨は小止みになり、夕暮れの雲の切れ間から淡い光が差し込んでいた。
遠野邸の庭園の隅、紫陽花の植え込みのそばに小さな東屋がある。
そこに座っていたのは玲奈だった。
両手で顔を覆い、細い肩が震えている。
そこへ皐月が歩み寄った。
「玲奈……」
声をかけると、玲奈はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には涙の跡が残っていた。
「……皐月。やっぱり来てくれたのね」
「どうしたの?」
問いかける皐月に、玲奈は笑おうとした。
けれど、その笑顔はすぐに崩れ、唇が震えた。
「……ごめんなさい。全部、私が悪いの」
「玲奈……?」
「“玲臣さんには好きな人がいる”って、私が嘘をついたの」
その言葉に、皐月の心臓が跳ねた。
耳を疑いながらも、玲奈は続けた。
「本当は……私なの。ずっと、ずっと玲臣さんのことが好きだった。小さな頃から……あなたと彼が並んでいるのを見るたびに、どうして私じゃないんだろうって思ってた」
「……玲奈……」
「でも親友だから言えなかった。だから、せめてあなたが彼から離れてくれれば……私に、チャンスが来るんじゃないかって」
玲奈の声は震え、涙が頬を伝う。
皐月は胸を締めつけられた。
親友の本心を聞いてしまった苦しさと、自分が信じてきた嘘の重さ。
「……どうして、そんなことを……」
「だって……私には何もなかったから。家柄も、美しさも、あなただけが全部持ってた。玲臣さんまで、あなたのものになるなんて……耐えられなかった」
玲奈は顔を覆い、声を押し殺して泣いた。
皐月は言葉を失った。
友情を裏切られた痛みよりも、玲奈がこんなに苦しんでいたのだという事実が胸に重くのしかかる。
しばし沈黙ののち、皐月は震える声で言った。
「玲奈……私たちはずっと一緒にいたのに……そんなふうに思わせてしまって、ごめん」
「違う……謝らないで。悪いのは私だから。あなたは何も悪くない」
玲奈は涙の中で首を振った。
「でも、もう嘘はつけない。私は……彼を諦められない」
その瞳には、涙と同じくらい強い決意が宿っていた。
皐月は何も答えられず、ただ雨上がりの空を見上げた。
曇天の隙間からわずかに光が差していたが、それは二人の心を照らすにはあまりにも弱々しかった。
友情も、愛も。
いったい何を選べば正しいのか、皐月には分からなかった。