雨の温室に咲く約束

第十八章「揺れる証言」


 翌週の朝。
 皐月は出勤途中、社内のロビーで声をかけられた。

「遠野さん、ちょっといいですか」

 振り向くと、広報部の記者対応をしている三宅が立っていた。
 彼は雑誌社とのやり取りを担当しており、噂記事の件にも関わっている人物だった。

「例の写真のことですが……気になる証言が入りまして」
「……証言?」

 三宅は周囲を気にして声を落とす。

「写真を流したのは“高瀬玲奈さんじゃないか”という話です。実際に記事を送った相手と接触した人がいて……」

 皐月の心臓が大きく跳ねた。



 オフィスに戻っても、三宅の言葉が耳から離れなかった。
 玲奈が? 本当に?

 でも——。
 温室で泣きながら「ずっと玲臣さんが好きだった」と告げた玲奈の姿が脳裏に浮かぶ。

「……あの涙まで、全部嘘だったの?」

 机の上の書類が霞んで見える。



 夕方。
 皐月は偶然、給湯室で玲奈と出会った。

「皐月」
 柔らかな笑顔。
 けれどその笑みを見た瞬間、胸に小さな疑念が刺さる。

「……この前は、ごめんね。私、取り乱して」
「……玲奈」

 皐月は思わず声を詰まらせた。
 問い詰めたい。けれど親友を疑うことが、恐ろしくてできない。

 沈黙を破ったのは玲奈だった。

「皐月。あなたはまだ玲臣さんを信じてる?」
「……」
「もし信じてるなら、それでいいの。私は……諦めきれないけど」

 その言葉に、皐月の胸はますます揺れた。



 夜。
 皐月はひとり街を歩いていた。
 雨上がりの舗道にネオンが反射し、濡れた靴音が寂しく響く。

 三宅の証言。
 玲奈の告白。
 玲臣の「俺が好きなのは皐月だけだ」という言葉。

 ——どれが真実なのだろう。

「信じたい。……でも、信じるのが怖い」

 呟きは雨に溶け、夜風にさらわれていった。



 一方その頃、玲臣は自室で資料を見返していた。
 そこには玲奈が関与した証拠が揃い始めている。

「もう逃がさない。皐月を苦しめた嘘は、すべて暴く」

 瞳の奥に、決意の炎が宿っていた。
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