【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています

この関係に名前をつけるなら

 ライザは、王都にある医療院で癒し手として働いている。

 癒し手の仕事は、治癒の力を使って比較的軽い外傷を治すことと、傷薬や回復薬の調合がメインだ。

 外傷であっても命にかかわるような傷を治せるほどの力は持っていないので、そういった者の治療は、より強い力を持つ聖女が担当している。

 聖女のようにもっと強い治癒の力を持っていたらと思うことはあるけれど、訪れる患者の治療に奮闘する毎日は、充実している。



「騎士団へ、納品に行ってまいります」

 ライザの声に、調合中の同僚たちが行ってらっしゃいと声をあげた。

 集中している彼女らの邪魔をしないよう、ライザは細心の注意を払って薬瓶を抱える。調合したばかりの薬は、まだほんの少しだけあたたかい。

 瓶を箱に詰めて台車に載せると、ライザは部屋を出た。騎士団へ傷薬や回復薬などの薬品を届けるのは、ライザの大事な仕事のひとつだ。

 ごろごろと台車を押して歩いていると、長い廊下の前方から白い服を身に纏った銀髪の女性がやってくるのが見えた。それに気づいたライザは、慌てて台車を端に寄せる。

 ライザたち癒し手の制服は、グレーを基調としたタイトなワンピースに黒のローブ。この医療院で真っ白な衣装を身につけることが許されるのは、ただひとり。聖女ヴェーラだけだ。

 ヴェーラはライザの姿を認めると笑顔で近づいてきた。誰よりも強い治癒の力を持つ上に、彼女はこの国の王女でもある。高貴なお方だが、ライザとは同い年ということもあって親しく声をかけてくれる。

「こんにちは、ライザ。どこかへ行くの?」

「こんにちは、ヴェーラ様。騎士団に、傷薬と回復薬の納品に行くところです」

 ライザの返答に、彼女はまぁと言って両手を胸の前で組んだ。

「騎士団に! わたくしも一緒に行こうかしら。イグナートに会えるかもしれないでしょう」

 ヴェーラの言葉に、ライザは表情を変えず口角を上げ続けた。彼女がお気に入りである騎士団長の名前は、ライザにとっても特別なものだが、それに反応してはならない。

 聖女ヴェーラの持つ癒しの力は確かだが、彼女は気まぐれで思いつきをそのまま行動に移すことがあるので、ライザたちが振り回されることも多い。王女として生まれ、聖女として人々にかしずかれる生活を送っているヴェーラは、自分の希望が無条件で通ると信じているのだ。悪い人ではないのだが、彼女と出会うと今日は何を言われるのかといつも少しだけ緊張してしまう。

 先日は同じように納品に行く途中で彼女に捕まって、業務を放り出してお茶会に参加することになってしまった。その前は、使用頻度の少ない薬剤のストックを作っておくべきだという突然の提案によって、残業して大量の薬剤を作ったこともあった。

 今日は聖女を引き連れて納品に行くことになるかと思ったが、うしろに控えた侍女がこのあとの予定を囁いている。

 ヴェーラは、少し不満そうな顔でため息を落とした。

「せっかくイグナートに会えると思ったのに……。まぁ、仕方ないわね。わたくしは多忙な身ですもの。騎士団の皆によろしく伝えてね、ライザ」

「はい」

 今日は無事に業務に戻れそうだとホッとしつつ、ライザは笑みを浮かべたまま深くうなずいた。

 再び台車を押して歩き始めたライザだったが、うしろからヴェーラが再び声をかけてきた。

 今度は何かと内心で冷や汗をかくライザに、ヴェーラが台車の上の瓶を指差した。

「わたくし、ついさっきまで大変な治療をしていて少し疲れてしまったの。回復薬をひとつ、いただいてもいいかしら」

「ええ、もちろんです」

 ライザはにっこりと笑って即答した。騎士団に納品するものはきっちりと数も決められているのだが、聖女の言葉は絶対だ。

 あとで納品書類を訂正しなければと考えつつ、ライザはヴェーラに回復薬の瓶をひとつ手渡した。

 ヴェーラは受け取った瓶を光にかざすように確認すると、にっこりと笑う。

「すばらしい品質だわ。さすがライザね。騎士の皆もきっと喜ぶわね」

「恐れ入ります」

「ねぇ、わたくし、このあと立て続けに大きな治療を控えているの。もう少しいただいても構わない?」

「……えぇ、どうぞ」

 ライザがうなずくと、ヴェーラはうしろに控える侍女に回復薬の瓶を持つよう命じる。二人の侍女がそれぞれ二本ずつ持って行ったので、合計で五本もなくなってしまった。これだけ減ってしまうとあとで追加の調合をしなければならないから、今日は残業確定だ。

 笑顔で去っていったヴェーラを見送って、ライザは小さくため息を落とす。

 回復薬はごっそりと減ってしまったものの、数時間は業務から離れることになるお茶会に誘われるよりはましだ。それに、聖女に調合の実力を認められていることは勤務評価にもつながる。多少の残業は、仕方がない。

 気を取り直して、ライザは前を向く。早く騎士団にこれを届けて、残りの業務を終わらせてしまわなければ。
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