【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています

別れの日

 イグナートが浄化の旅に同行することが決まって以来、ライザは彼に会っていない。

 ライザは意識して騎士団へ行く用事を避けているし、イグナートは忙しいのか家に訪ねてくることもない。

 浄化の旅の出発は、もう明日だ。このまま彼が旅に出れば、二人の関係は自然消滅ということになるだろう。

 もしも今、イグナートと顔を合わせてしまったら、ライザは笑って見送る自信がない。泣いて縋るようなみっともない真似はしたくないのだ。だから、このまま彼とは会わずに終わらせる方が、きっといい。

 そう思っていたのだが、間の悪いことはあるものだ。 

「ライザ、忙しいところ悪いんだけど、イグナート様のお部屋にこの回復薬を届けてくれる? わたし、ヴェーラ様に呼ばれているから時間がなくて」

「えっ……」

 アナスタシアに頼まれて、ライザは一瞬手を止めてしまった。調合の忙しさを理由に騎士団へ行く用事を避け続けてきたのだが、今は他の癒し手たちも出払っている。

 ここで行けないと断るのは不自然なので、ライザは内心渋々ながらうなずいた。

「分かったわ。この箱を全部運べばいいのね」

「ええ、旅に持って行く分なんですって。ちょっと重たいかもしれないけど、よろしくね」

「台車を使うから平気よ」

「じゃあ、お願いね。わたしも急がなくちゃ!」

 時計を確認したアナスタシアは、手を振って小走りに部屋から出て行った。

 残されたライザは、ため息をついて積まれた箱を台車に乗せていく。

 イグナートと顔を合わせるかもしれないと考えると憂鬱だが、彼も明日の出発を控えて忙しくしているはずだ。不在であることを祈るしかない。

 いつも以上に慎重に、ライザは台車を運ぶ。

 騎士団の敷地内に入ると、今は訓練中なのか人の気配がない。イグナートも訓練で不在であることを期待しつつ、ライザは彼の執務室へと向かった。

 騎士団には長く出入りしているが、イグナートの執務室に入るのは初めてだ。

 騎士団長の部屋は扉まで立派だ、などと考えつつ、ライザは軽くノックをした。

「イグナート団長、いらっしゃいますか? 回復薬をお持ちしたのですが」

 二人きりの時は砕けた口調で話すが、今は仕事中だ。よそいきの声を意識して、ライザは部屋の中に呼びかける。

 しばらく待っても応答はなく、不在なのかと考えた瞬間、ぽんとライザの肩が叩かれた。

「ライザ」

「……え?」

 耳元で聞こえたのは、紛れもなくイグナートのもの。囁き声とはいえ、職場でライザの名前を呼ぶなんてありえない。

 驚いて振り返ろうとしたライザの身体が、うしろから抱きしめられる。こんなところで二人の関係を匂わせるようなことをされるのも初めてで、ライザは慌てて抵抗しようと身体をよじる。

 だが、ライザが声を発する前に、イグナートが扉を開けると台車ごとライザを部屋の中に押し込んだ。視界の隅に、イグナートが扉に『会議中につき入室禁止』とプレートをかけ、しっかりと鍵を閉めるのが見えた。

「え、待っ……、どうして」

 周囲に人はいなかったから、ライザがこの部屋に連れ込まれたことは誰も見ていないだろうけど、それでも動揺は隠せない。

 戸惑うライザをよそに、イグナートはライザの身体を掬い上げるようにして抱えると、そのまま部屋の奥へと歩いていく。
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