【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています

ひっそり子育て

 イグナートと別れてから約三年。ライザは、王都から遠く離れたホルムという町でひっそりと暮らしていた。

 癒し手として町の診療所で働きながら、子供を育てている。

 妊娠が分かってすぐ、ライザは王都の医療院での仕事を辞めた。悪阻であることは隠しながら、体調不良を理由に空気のいいところで療養するつもりだと説明すれば、同僚たちは惜しみつつもあたたかく見送ってくれた。

 そして、新しい生活拠点としてホルムの町を選んだ。王都ほど栄えていないものの国境が近いために人の行き来が多く、よそ者に対する抵抗が少ない町なのだ。

 知っている人が誰もいない場所で新生活を始めることに不安はあったが、幸いにも静かな町はずれに家を借りることができたし、近所の人々もライザを受け入れてくれている。

 伯爵令嬢であることは明かさず、今はライザ・ノヴァと偽名を使って平民として暮らしている。

 

 仕事を終えたライザは、自宅へと急いでいた。日暮れまでに帰るつもりだったのだが、少し遅くなってしまった。太陽がもう、山の端に沈んで消えかけている。

「ただいま!」

 玄関の扉を開けると、いい匂いに出迎えられた。

 と同時に、ぱぁっと顔を輝かせた我が子が一目散に走ってくる。

「ママ……!」

 ライザはしゃがんで両腕を広げ、愛しいぬくもりを抱き止める。ぽすんぽすんと胸元に飛び込んできた可愛い我が子の頭を撫でて、ライザはふくふくのほっぺにキスを落とした。

「ただいま、アーラ、パーヴェル。いいこにしてた?」

「してた!」

「いいこ、したよ!」

 すかさず、可愛らしい声が返ってくる。短い返事が弟のパーヴェル、そして拙いながらも文章で答えようとしている方が姉のアーラだ。少しずつおしゃべりも増えてきて、可愛い盛りの二歳児だ。

 身ごもった子供は、まさかの双子だった。妊娠期間中はお腹が重たくて倒れるかと思ったし、出産時も死ぬ思いをしたけれど、我が子は何よりも愛おしいものだ。二人ともイグナートによく似た金の髪をしていて、柔らかなその髪を撫でるたびにライザは彼のことを思い出す。

 浄化の旅に出たイグナートの様子は、ホルムの町にも時折流れてくる。それは週に一度届けられる新聞の内容だったり、王都から来た旅行者の噂話だったり。

 危険な目に遭うこともありながら、イグナートは聖女を守り、旅は順調に進んだようだ。通常五年はかかるといわれる浄化の旅を、三年目にしてもうほとんど終わらせているのだという。
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