【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています

父と子

 久しぶりのイグナートのぬくもりにうっとりと浸っていると、不意に扉が激しく叩かれた。

「ライザちゃん、大丈夫!?」

 外から聞こえるのはタマラの声だ。双子たちの声も聞こえる。

 ライザは慌ててイグナートから離れると、扉に向かった。

「あ、はい。大丈夫です」

「よかった……。急に大きな音が聞こえたから、なにかあったのかと思って」

 ライザの声が明るいことから、深刻な事態ではないと感じ取ったのだろう。タマラの声に安堵が滲む。

 多分さっきイグナートが椅子を倒した音だろうと思いつつ、ライザは今開けますと言って扉に手をかけた。

「ママ!」

 扉が開いた瞬間、見事に揃った声で抱きついてきたのは双子たちだ。両腕に抱き上げると、二人はライザの頬に触れて首をかしげた。

「ママ、だいじょぶ? いたい?」

「えーんえーん、ってした? いたいのとんでけ、する?」

 頬に残る涙の跡に気づいたのか、子供たちはライザを慰めるように頭を撫でてくれた。小さな手が優しく触れる感触は、胸の奥が苦しくなるほどに愛おしい。

「大丈夫よ。どこも痛くない」

 ぎゅうっと双子を抱きしめたあと、ライザはイグナートを振り返った。

「アーラとパーヴェルに、紹介したい人がいるの。タマラさんとジョレスさんも、一緒にいてくださいますか?」

「え……えぇ、わたしたちも同席していいのかしら」

「はい。私にとってタマラさんたちは、家族みたいなものだから」

 そう言ってライザは隣人を中に招き入れた。全員でテーブルにつくと、ただでさえ狭い部屋はもっと狭く見える。

 アーラとパーヴェルは、いつもと違う空気を感じ取ったせいか不安げにきょろきょろとしていて、ライザの膝の上から離れようとしない。ライザの隣に座るイグナートを見つめる双子の視線は、まるで不審者を見るかのようだ。

「えっと……。アーラ、パーヴェル。この人はね、あなたたちのお父さんなの」

 二歳児の語彙に父親という単語はあるだろうかと考えつつ、ライザはゆっくりと告げる。双子は同じ角度で揃って首をかしげると、イグナートを見上げた。

「おとしゃん」

「おとーしゃん」

 いくらか言葉が達者なアーラの方が、ちゃんと発音できている。たどたどしい呼びかけに、イグナートは緩んだ頬を隠すように咳払いをすると、恐らく彼にできる精一杯の優しげな表情を浮かべて双子を見つめた。

「アーラ、パーヴェル。きみたちの父親だ。事情があって今まで一緒に暮らせなかったが、これからはずっと一緒だ。どうか俺のことを、父親として認めてほしい」

 生真面目な口調で語りかけているが、恐らく双子たちには半分も伝わっていない。アーラとパーヴェルはきょとんとした表情で顔を見合わせると、ライザの方を見た。

「ママ、おとしゃん……いいこ?」

「おとーしゃん、わるいこちがう?」

「うん、悪い子じゃないわ。アーラとパーヴェルのことも、大事にしてくれる人」

 ライザがうなずくと、アーラがイグナートに手を伸ばした。

「おとーしゃん、だいじ。ママのたからものさん?」

「そうね、アーラやパーヴェルと同じ、ママの宝物さん」

「たからものさん。いっしょね」

 どうやらアーラはイグナートを受け入れたらしい。両腕を広げると、イグナートに向かってにこっと笑いかけた。

「おとーしゃん、だっこ」

 愛らしい表情と言葉を向けられて、イグナートがまた低く唸って咳込む。そうでしょう、うちの子は最高に可愛いでしょうと何故か勝ち誇った気持ちになりつつ、ライザは噎せるイグナートを見つめた。

 甘え上手なアーラがするりとイグナートの膝の上に移動し、イグナートはこわごわといった様子でそっと抱きしめている。

「パーヴェルも、たらかものさん! いっしょ!」

 それを見て負けじとパーヴェルが声をあげる。まっすぐ伸ばされた手を、イグナートがゆっくりと握りしめる。大きさの全然違う二つの手が触れた瞬間、イグナートはため息のような吐息を漏らした。

「いっしょけど、ママはパーヴェルのよ。おとーしゃん、だめ」

 イグナートに手を握られながらも、パーヴェルはもう片方の手でしっかりとライザに抱きついてそう宣言した。

 幼い宣戦布告に、じっと見守っていたタマラが小さく噴き出した。

「小さくても男の子は、ママを守らなきゃって思ってるものなのよね」

 うちの子も昔はそうだったわぁと懐かしむ表情をしながら、タマラはイグナートを見た。その瞬間、イグナートはスッと背筋を伸ばして真面目な顔になる。
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