【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
聖女ヴェーラ(イグナート視点)
ライザがアナスタシアと会っている頃、イグナートは訓練を終えて執務室へと戻った。
浄化の旅で不在にしていた期間が長かったため、再び同じ職に就くのは難しいだろうと思っていたのだが、イグナートは今も騎士団長として働いている。
信頼できる優秀な部下だからこそ、イグナートは副長に団長業務を任せて旅に出た。だが彼は、上に立つのが苦手な質だったらしい。イグナートが戻るとホッとした顔で、これで副長業務に専念できると言われてしまった。
もっとも、彼が立派に騎士団を率いてくれていたことは知っているので、戻る場所を守ってくれていたのだとイグナートは理解している。
机の上に山のような書類が積まれているのを見て、イグナートはげんなりとした気分でため息をついた。騎士の大半がそうであるように、イグナートも書類仕事よりも訓練をしている方が好きだ。だが、見ないふりをしていても書類は増えていく一方だ。
残業せずに帰宅するためには、どんどん片付けていかねばならない。さっさと終わらせてしまおうと書類に手を伸ばした時、部屋の扉がノックされた。開いた扉から顔をのぞかせたのは、聖女ヴェーラだった。
「相変わらず忙しそうね、イグナート」
「えぇ、見ていただければお分かりかと思いますが、仕事に追われております。丁重なもてなしをご希望でしたら、それは難しいと先に申し上げておきますね」
「あなたにそんな気遣いは期待していないわ」
イグナートの嫌味を軽く受け流して、ヴェーラは部屋に入ってくるとソファに腰掛けた。彼女の婚約者でもある護衛騎士は、部屋の外で待機するようだ。扉が閉まる直前、視線だけであいさつを交わす。
母方の祖父が王弟なので、王の末娘であるヴェーラとは遠い親戚関係にあたるのだが、旅に出るまではそれほど親しいわけではなかった。彼女にとってイグナートはただ、顔のいいお気に入りの騎士のうちの一人だった。
だが旅で数年間を一緒に過ごすうちに友人といっていいほどの仲になり、今ではお互いの言動には遠慮がない。
「ねぇ、イグナート。わたくしがただ、あなたの仕事を見守りに来たと思っているの? せめてこちらにいらっしゃい」
「用件があるのなら、仰ってください。耳だけそちらに向けますので」
お茶を出さないことは想定内だったようだが、執務机からも離れようとしないイグナートを見て、ヴェーラは呆れたように腕を組んだ。
どうやら彼女は、騎士団に納品している傷薬や回復薬のリストが新しくなったので、わざわざ届けに来てくれたらしい。以前は雑用など自分の仕事ではないと言っていた彼女も、旅を経て少し変わった。
とはいえ彼女の本当の目的は、自身の結婚式についての話をすることだろう。暇を見つけてはこうしてやってきて、ひとしきり惚気話をしていくのだ。
イグナートの机の上に書類を置くと、ヴェーラはわざとらしいため息をつく。
「本当に、イグナートってばレディに対する態度がなってないわ。そんなだから、恋人に逃げられてしまうのよ」
「逃げられておりません。もうすぐ結婚する予定ですから」
少し得意げに胸を張ってみせると、ヴェーラは大きな目を更に丸くした。
「まぁ、びっくりだわ。ついこの前まで捨てられたって落ち込んでいたのに」
「捨てられてません。そこはしっかりと訂正させていただきます」
「あら、だってあなたに連絡もなしに行方が分からなくなっていたのでしょう。それって、もう会いたくないという意思表示だと思っていたけど……。どうやって見つけ出したの? もしかしてあなたの執念深さに怯えて、渋々結婚を受け入れたのかしら」
悪気はないのだろうが、聖女の言葉はイグナートの胸をざくざくと抉っていく。
ライザは今もイグナートのことを好きだと言ってくれた。確かに、転居先を即見つけ出して押しかけたことには引いてはいたが、ライザも子供たちもイグナートを受け入れてくれたはずだ。
心の中でそう言い聞かせて、イグナートはヴェーラを見る。
「事情があって引っ越していただけで、彼女は心変わりなどしていません。ずっと一緒にいてくれるってライザは――」
「ライザ?」
うっかり出してしまった名前に、ヴェーラが反応する。イグナートが誤魔化す前に、彼女は両手をぽんと叩いて目を輝かせた。
浄化の旅で不在にしていた期間が長かったため、再び同じ職に就くのは難しいだろうと思っていたのだが、イグナートは今も騎士団長として働いている。
信頼できる優秀な部下だからこそ、イグナートは副長に団長業務を任せて旅に出た。だが彼は、上に立つのが苦手な質だったらしい。イグナートが戻るとホッとした顔で、これで副長業務に専念できると言われてしまった。
もっとも、彼が立派に騎士団を率いてくれていたことは知っているので、戻る場所を守ってくれていたのだとイグナートは理解している。
机の上に山のような書類が積まれているのを見て、イグナートはげんなりとした気分でため息をついた。騎士の大半がそうであるように、イグナートも書類仕事よりも訓練をしている方が好きだ。だが、見ないふりをしていても書類は増えていく一方だ。
残業せずに帰宅するためには、どんどん片付けていかねばならない。さっさと終わらせてしまおうと書類に手を伸ばした時、部屋の扉がノックされた。開いた扉から顔をのぞかせたのは、聖女ヴェーラだった。
「相変わらず忙しそうね、イグナート」
「えぇ、見ていただければお分かりかと思いますが、仕事に追われております。丁重なもてなしをご希望でしたら、それは難しいと先に申し上げておきますね」
「あなたにそんな気遣いは期待していないわ」
イグナートの嫌味を軽く受け流して、ヴェーラは部屋に入ってくるとソファに腰掛けた。彼女の婚約者でもある護衛騎士は、部屋の外で待機するようだ。扉が閉まる直前、視線だけであいさつを交わす。
母方の祖父が王弟なので、王の末娘であるヴェーラとは遠い親戚関係にあたるのだが、旅に出るまではそれほど親しいわけではなかった。彼女にとってイグナートはただ、顔のいいお気に入りの騎士のうちの一人だった。
だが旅で数年間を一緒に過ごすうちに友人といっていいほどの仲になり、今ではお互いの言動には遠慮がない。
「ねぇ、イグナート。わたくしがただ、あなたの仕事を見守りに来たと思っているの? せめてこちらにいらっしゃい」
「用件があるのなら、仰ってください。耳だけそちらに向けますので」
お茶を出さないことは想定内だったようだが、執務机からも離れようとしないイグナートを見て、ヴェーラは呆れたように腕を組んだ。
どうやら彼女は、騎士団に納品している傷薬や回復薬のリストが新しくなったので、わざわざ届けに来てくれたらしい。以前は雑用など自分の仕事ではないと言っていた彼女も、旅を経て少し変わった。
とはいえ彼女の本当の目的は、自身の結婚式についての話をすることだろう。暇を見つけてはこうしてやってきて、ひとしきり惚気話をしていくのだ。
イグナートの机の上に書類を置くと、ヴェーラはわざとらしいため息をつく。
「本当に、イグナートってばレディに対する態度がなってないわ。そんなだから、恋人に逃げられてしまうのよ」
「逃げられておりません。もうすぐ結婚する予定ですから」
少し得意げに胸を張ってみせると、ヴェーラは大きな目を更に丸くした。
「まぁ、びっくりだわ。ついこの前まで捨てられたって落ち込んでいたのに」
「捨てられてません。そこはしっかりと訂正させていただきます」
「あら、だってあなたに連絡もなしに行方が分からなくなっていたのでしょう。それって、もう会いたくないという意思表示だと思っていたけど……。どうやって見つけ出したの? もしかしてあなたの執念深さに怯えて、渋々結婚を受け入れたのかしら」
悪気はないのだろうが、聖女の言葉はイグナートの胸をざくざくと抉っていく。
ライザは今もイグナートのことを好きだと言ってくれた。確かに、転居先を即見つけ出して押しかけたことには引いてはいたが、ライザも子供たちもイグナートを受け入れてくれたはずだ。
心の中でそう言い聞かせて、イグナートはヴェーラを見る。
「事情があって引っ越していただけで、彼女は心変わりなどしていません。ずっと一緒にいてくれるってライザは――」
「ライザ?」
うっかり出してしまった名前に、ヴェーラが反応する。イグナートが誤魔化す前に、彼女は両手をぽんと叩いて目を輝かせた。