【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
あの日のこと(イグナート視点)
イグナートは、ライザの両親に結婚を反対される可能性があることをヴェーラに説明し、味方についてほしいと頼んだ。それを聞いた彼女は、腕を組んで深い息を吐いた。
「なるほどね。アントノーヴァ家に少々問題があることは、わたくしも耳にしたことがあるくらいだもの。あの家からライザを遠ざけたいというイグナートの気持ちは、よく分かるわ」
納得したように彼女は何度かうなずき、笑顔でイグナートを見上げた。
「もちろん、わたくしはライザとイグナートの味方よ。アントノーヴァ家に反対なんてさせないわ」
必要なら父親の力も貸してあげましょうかと笑うヴェーラに礼を言って、イグナートは彼女との話を終えた。
ヴェーラを見送ると、イグナートは再び書類仕事に没頭した。まだ幼い子供たちの就寝時間は早いので、残業なんてしていたら寝顔しか見られない。なんとしても定時で帰らねばならないのだ。「おとーしゃん」とたどたどしい声で呼びかけてくれる我が子とたくさん遊んでやりたいし、寝かしつけたあとはライザと二人の時間を持ちたい。
ライザの家のことが解決し、ちゃんと夫婦になってからでないとライザを抱かないと決めているが、時々その決意は揺らぎそうになる。
抱きしめた時の柔らかさや肌のぬくもりは、いつだってイグナートの理性に働きかけてくるし、キスを交わすたびにベッドへ連れ込みたくなるのを必死に堪えている。イグナートが誘えばライザはきっと笑ってうなずいてくれるだろうが、それでは以前の関係と変わらないと思ってしまうのだ。
かつて、二人の関係は「セフレ」であるとライザに言われた時、イグナートは頭を殴られたような衝撃を受けた。
愛する人と過ごす時間は幸せで、あの澄んだ緑色の瞳に映る権利が自分にはあるのだと浮かれていた。仕事中はしっかり者のライザだが、ベッドの上では快楽に弱く、甘い蜜のような蕩けた表情を見せてくれる。その全てを独占していると思い込んでいた。
だが、恋人だと思っていたのは自分だけだった。
告白をした夜、ライザが酔っていたことは分かっていた。それでも受け答えはしっかりしていたし、あの夜に交わした会話のほとんどが、記憶からなくなっているとは思わなかったのだ。
「……まぁ、酔ったところにつけ込んだ自覚もあるから、俺も悪いんだけど」
持っていたペンを置いて、イグナートは眉間を揉む。文字ばかり見つめていたので、頭が痛くなってきた。
少し休憩しようと目を閉じて、イグナートは椅子の背もたれに身体を預けた。
頭の中によみがえるのは、ライザと過ごした初めての夜のこと。
その日イグナートは、仕事終わりにふらりと酒場に立ち寄った。あまり外で酒を飲むことはしないのだが、朝から雨模様で気分が晴れず、酒でも飲んで帰ろうと思い立ったのだ。その結果ライザと出会えたことは、運命だと思っている。
王城勤めの者がよく出入りする酒場の店内は、雨のせいかほとんど客の姿がなく静かだった。
カウンター席の端にぽつんと腰掛ける小さな背中を見た瞬間、イグナートの鼓動は大きく跳ねた。
グレーの制服に、きっちりと纏めたピンクブラウンの髪。そしてグラスを持つ右手首の内側にあるほくろ。密かに想いを寄せる癒し手の姿を、イグナートは思わずじっと見つめた。
「なるほどね。アントノーヴァ家に少々問題があることは、わたくしも耳にしたことがあるくらいだもの。あの家からライザを遠ざけたいというイグナートの気持ちは、よく分かるわ」
納得したように彼女は何度かうなずき、笑顔でイグナートを見上げた。
「もちろん、わたくしはライザとイグナートの味方よ。アントノーヴァ家に反対なんてさせないわ」
必要なら父親の力も貸してあげましょうかと笑うヴェーラに礼を言って、イグナートは彼女との話を終えた。
ヴェーラを見送ると、イグナートは再び書類仕事に没頭した。まだ幼い子供たちの就寝時間は早いので、残業なんてしていたら寝顔しか見られない。なんとしても定時で帰らねばならないのだ。「おとーしゃん」とたどたどしい声で呼びかけてくれる我が子とたくさん遊んでやりたいし、寝かしつけたあとはライザと二人の時間を持ちたい。
ライザの家のことが解決し、ちゃんと夫婦になってからでないとライザを抱かないと決めているが、時々その決意は揺らぎそうになる。
抱きしめた時の柔らかさや肌のぬくもりは、いつだってイグナートの理性に働きかけてくるし、キスを交わすたびにベッドへ連れ込みたくなるのを必死に堪えている。イグナートが誘えばライザはきっと笑ってうなずいてくれるだろうが、それでは以前の関係と変わらないと思ってしまうのだ。
かつて、二人の関係は「セフレ」であるとライザに言われた時、イグナートは頭を殴られたような衝撃を受けた。
愛する人と過ごす時間は幸せで、あの澄んだ緑色の瞳に映る権利が自分にはあるのだと浮かれていた。仕事中はしっかり者のライザだが、ベッドの上では快楽に弱く、甘い蜜のような蕩けた表情を見せてくれる。その全てを独占していると思い込んでいた。
だが、恋人だと思っていたのは自分だけだった。
告白をした夜、ライザが酔っていたことは分かっていた。それでも受け答えはしっかりしていたし、あの夜に交わした会話のほとんどが、記憶からなくなっているとは思わなかったのだ。
「……まぁ、酔ったところにつけ込んだ自覚もあるから、俺も悪いんだけど」
持っていたペンを置いて、イグナートは眉間を揉む。文字ばかり見つめていたので、頭が痛くなってきた。
少し休憩しようと目を閉じて、イグナートは椅子の背もたれに身体を預けた。
頭の中によみがえるのは、ライザと過ごした初めての夜のこと。
その日イグナートは、仕事終わりにふらりと酒場に立ち寄った。あまり外で酒を飲むことはしないのだが、朝から雨模様で気分が晴れず、酒でも飲んで帰ろうと思い立ったのだ。その結果ライザと出会えたことは、運命だと思っている。
王城勤めの者がよく出入りする酒場の店内は、雨のせいかほとんど客の姿がなく静かだった。
カウンター席の端にぽつんと腰掛ける小さな背中を見た瞬間、イグナートの鼓動は大きく跳ねた。
グレーの制服に、きっちりと纏めたピンクブラウンの髪。そしてグラスを持つ右手首の内側にあるほくろ。密かに想いを寄せる癒し手の姿を、イグナートは思わずじっと見つめた。