【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
思わぬ再会
「……お父、様」
一瞬静まり返った店内に、ライザの声はよく響いた。
声の主を探すように視線をさまよわせたアントノーヴァ伯爵は、ライザの顔を見た瞬間に勢いよく立ち上がった。今度は大きな音を立てて椅子が倒れるが、それに構う様子もない。
「ライザ……、ライザか!?」
近づいてきた父は、ライザの手を握ると満面の笑みを浮かべた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった。ずっと会いたいと思っていたんだよ。医療院を辞めたと聞いたが、今どこで暮らしてるんだ? 今もまだ、癒し手の仕事をしているんだろう?」
立て続けに話しかけられて、ライザは曖昧な相槌を打つことしかできない。
今までろくに連絡を取ろうともしてこなかったのに、親しげに話しかけてくることにライザは内心で不信感を抱く。仕事を辞めたことを知っているようだし、脳裏にアナスタシアから聞いた話がふとよぎった。
「いい機会だから、一度家に帰ってきなさい。色々と話したいこともあるんだ。なぁ、オリガ」
父親が、うしろの女性に声をかける。派手なドレスの彼女は、義母だったらしい。こちらも少し年をとっていたが、真っ赤な唇の妖艶さは昔と変わらない。ライザと目が合うと、彼女はその赤い唇の端を上げた。
「本当に久しぶりね、ライザ。元気そうで安心したわ。ぜひ、帰っていらっしゃい。グラシムもライザに会いたがっているのよ」
にこやかな表情を浮かべる二人だが、どこか薄っぺらいその笑みをライザは黙って見つめた。
ライザが家を出たらすぐに部屋をなくし、残っていた私物すらあっさりと処分していたのに、会いたいと思っていたわけがない。物を取りに帰っただけで、どうして戻ってきたのだと叱責されたことを、ライザは忘れていない。
それに弟のグラシムも、昔からライザのことなど見えていないように振る舞っていた。あの家でライザの存在は、ずっと無視されていた。
「私……」
家には戻らないと言いたいのに、言葉が喉に貼りついたように出てこない。そんなライザの手を、イグナートが握った。彼は立ち上がると、ライザと父親の間に割って入った。
「こんにちは、アントノーヴァ伯爵。こんなところでお会いできるとは、奇遇ですね」
「きみは、リガロフ伯爵家の……」
今初めてイグナートの存在に気づいたという顔で、ライザの父親は目を瞬く。
イグナートはにっこりと笑みを浮かべながら、更に一歩前に出た。鍛えている彼の身体は大きく、その威圧感に父親が微かに後ずさりをするのが見えた。
「ちょうどよかった。実は訪問のお約束を取りつけたのは、ライザとの結婚の報告のためだったんですよ。成人している者同士は、親の許可なく結婚できることは理解しておりますが、筋は通しておくべきかと思いまして。――たとえ、何年も会っていない相手だとしても」
イグナートが、にこやかだが口を挟ませないという圧をかけつつそう言う。
「け、結婚……?」
「聞いてないわよ、そんなこと」
両親は揃って焦ったように首を横に振る。
「み……認めんぞ。ライザには、もう結婚相手を見繕っているんだ。貴族の娘なら、親の役に立つのは当然のことだろう。勝手に結婚するなんて許さない」
「そうよ。ぜひにとライザを望んでくださっている方がいるの。今更お断りなんて、できないわ。親の言うことは聞くものよ、ライザ」
口々にそう言われて、ライザの心は冷えていく一方だ。アナスタシアの言っていたことは正しかったのだなぁと思いつつ、ライザは唇を噛んだ。
そんなライザを守るように、イグナートが握った手に力を込めた。そして彼は、目の前の二人を見下ろす。笑顔の裏に込められた殺気にも近い苛立ちを感じ取ったのか、両親の表情に怯えの色が浮かぶのが見えた。
「許可をいただく必要はありません。ご報告に伺うつもりだったと、申し上げたでしょう。伯爵もお忙しいでしょうから、ここでお伝えすることができてよかったです。来週の訪問は取りやめとさせていただきますね」
それだけ言うと、イグナートはライザを促して歩き出す。両親はまだ何か言いたそうにしていたが、黙っていた。さすがに店の中でこれ以上騒ぐわけにはいかないと思ったのだろう。
馬車に乗り込んで、すぐに出発するよう命じるとイグナートはライザの肩を抱き寄せた。
一瞬静まり返った店内に、ライザの声はよく響いた。
声の主を探すように視線をさまよわせたアントノーヴァ伯爵は、ライザの顔を見た瞬間に勢いよく立ち上がった。今度は大きな音を立てて椅子が倒れるが、それに構う様子もない。
「ライザ……、ライザか!?」
近づいてきた父は、ライザの手を握ると満面の笑みを浮かべた。
「久しぶりだな。元気そうでよかった。ずっと会いたいと思っていたんだよ。医療院を辞めたと聞いたが、今どこで暮らしてるんだ? 今もまだ、癒し手の仕事をしているんだろう?」
立て続けに話しかけられて、ライザは曖昧な相槌を打つことしかできない。
今までろくに連絡を取ろうともしてこなかったのに、親しげに話しかけてくることにライザは内心で不信感を抱く。仕事を辞めたことを知っているようだし、脳裏にアナスタシアから聞いた話がふとよぎった。
「いい機会だから、一度家に帰ってきなさい。色々と話したいこともあるんだ。なぁ、オリガ」
父親が、うしろの女性に声をかける。派手なドレスの彼女は、義母だったらしい。こちらも少し年をとっていたが、真っ赤な唇の妖艶さは昔と変わらない。ライザと目が合うと、彼女はその赤い唇の端を上げた。
「本当に久しぶりね、ライザ。元気そうで安心したわ。ぜひ、帰っていらっしゃい。グラシムもライザに会いたがっているのよ」
にこやかな表情を浮かべる二人だが、どこか薄っぺらいその笑みをライザは黙って見つめた。
ライザが家を出たらすぐに部屋をなくし、残っていた私物すらあっさりと処分していたのに、会いたいと思っていたわけがない。物を取りに帰っただけで、どうして戻ってきたのだと叱責されたことを、ライザは忘れていない。
それに弟のグラシムも、昔からライザのことなど見えていないように振る舞っていた。あの家でライザの存在は、ずっと無視されていた。
「私……」
家には戻らないと言いたいのに、言葉が喉に貼りついたように出てこない。そんなライザの手を、イグナートが握った。彼は立ち上がると、ライザと父親の間に割って入った。
「こんにちは、アントノーヴァ伯爵。こんなところでお会いできるとは、奇遇ですね」
「きみは、リガロフ伯爵家の……」
今初めてイグナートの存在に気づいたという顔で、ライザの父親は目を瞬く。
イグナートはにっこりと笑みを浮かべながら、更に一歩前に出た。鍛えている彼の身体は大きく、その威圧感に父親が微かに後ずさりをするのが見えた。
「ちょうどよかった。実は訪問のお約束を取りつけたのは、ライザとの結婚の報告のためだったんですよ。成人している者同士は、親の許可なく結婚できることは理解しておりますが、筋は通しておくべきかと思いまして。――たとえ、何年も会っていない相手だとしても」
イグナートが、にこやかだが口を挟ませないという圧をかけつつそう言う。
「け、結婚……?」
「聞いてないわよ、そんなこと」
両親は揃って焦ったように首を横に振る。
「み……認めんぞ。ライザには、もう結婚相手を見繕っているんだ。貴族の娘なら、親の役に立つのは当然のことだろう。勝手に結婚するなんて許さない」
「そうよ。ぜひにとライザを望んでくださっている方がいるの。今更お断りなんて、できないわ。親の言うことは聞くものよ、ライザ」
口々にそう言われて、ライザの心は冷えていく一方だ。アナスタシアの言っていたことは正しかったのだなぁと思いつつ、ライザは唇を噛んだ。
そんなライザを守るように、イグナートが握った手に力を込めた。そして彼は、目の前の二人を見下ろす。笑顔の裏に込められた殺気にも近い苛立ちを感じ取ったのか、両親の表情に怯えの色が浮かぶのが見えた。
「許可をいただく必要はありません。ご報告に伺うつもりだったと、申し上げたでしょう。伯爵もお忙しいでしょうから、ここでお伝えすることができてよかったです。来週の訪問は取りやめとさせていただきますね」
それだけ言うと、イグナートはライザを促して歩き出す。両親はまだ何か言いたそうにしていたが、黙っていた。さすがに店の中でこれ以上騒ぐわけにはいかないと思ったのだろう。
馬車に乗り込んで、すぐに出発するよう命じるとイグナートはライザの肩を抱き寄せた。