忘れた初恋
第十五章「涙の告白」
週明けの午後、私は取引先との打ち合わせを終えて会議室を出た。
外は雨だった。窓ガラスを伝う水滴が流れ落ち、街の景色を曇らせている。
胸の奥で、十年前の記憶が疼く。
——あの日も、雨だった。
視界の端に悠真の姿が映った。
黒いスーツの彼は廊下の奥に立ち、無表情のままこちらを見ている。
逃げるように背を向けたが、すぐに呼び止められた。
「莉子。話がある」
連れられたのは、誰もいない小会議室だった。
ドアが閉まる音が、心臓の鼓動を際立たせる。
「……君は、いつまで俺を拒むつもりだ」
「私は……拒んでなんか……」
「違うのか? あの日から、ずっとそうだ。俺の言葉に、君は沈黙で答え続けている」
鋭い視線が突き刺さる。
痛いほどに正しい。
私はいつも、彼の誤解を解けないまま黙り込んでしまっていた。
「俺はもう、君の沈黙を“拒絶”としか受け取れない」
胸がぎゅっと縮まる。
違う。違うのに。
「違います……!」
気づけば、声が震えていた。
「拒んでなんかいない……! 本当は……」
言葉が詰まる。
熱いものが頬を伝い、気づけば涙が落ちていた。
「莉子……」
悠真が驚いたように名を呼ぶ。
私は涙に滲む視界の中で、必死に言葉を紡いだ。
「本当は……忘れてなんかいないの」
息を呑む気配。
初恋のことを、私はずっと隠してきた。
けれど、もう隠し通せなかった。
「十年前の、雨の日。あの言葉……今でも覚えてる」
彼の瞳が大きく揺れる。
けれど、私は最後まで言えなかった。
“初恋だった”と。
それを告げてしまえば、もう戻れない気がしたから。
沈黙が降りた。
雨音だけが遠くから響く。
「……そうか」
低く、掠れた声。
悠真の瞳に、複雑な感情が揺れていた。
怒りとも、哀しみとも、喜びともつかない。
「なら、なぜ忘れたふりをした」
答えられない。
ただ涙が次々と溢れて、頬を濡らす。
悠真は一歩近づき、ためらうように手を伸ばしかけたが、途中で止めた。
その拳が小さく震えている。
「……もういい。今日は帰れ」
冷たい声。
背を向けて去っていく彼の姿が、涙越しに滲んだ。
私は机に両手をつき、肩を震わせた。
やっと言葉にできたのに。
けれど、それは「涙の告白」には足りなかった。
彼に届く前に、また誤解の壁が立ちはだかったのだ。
——でも、もう隠せない。
私の初恋は、ずっと悠真だった。
外は雨だった。窓ガラスを伝う水滴が流れ落ち、街の景色を曇らせている。
胸の奥で、十年前の記憶が疼く。
——あの日も、雨だった。
視界の端に悠真の姿が映った。
黒いスーツの彼は廊下の奥に立ち、無表情のままこちらを見ている。
逃げるように背を向けたが、すぐに呼び止められた。
「莉子。話がある」
連れられたのは、誰もいない小会議室だった。
ドアが閉まる音が、心臓の鼓動を際立たせる。
「……君は、いつまで俺を拒むつもりだ」
「私は……拒んでなんか……」
「違うのか? あの日から、ずっとそうだ。俺の言葉に、君は沈黙で答え続けている」
鋭い視線が突き刺さる。
痛いほどに正しい。
私はいつも、彼の誤解を解けないまま黙り込んでしまっていた。
「俺はもう、君の沈黙を“拒絶”としか受け取れない」
胸がぎゅっと縮まる。
違う。違うのに。
「違います……!」
気づけば、声が震えていた。
「拒んでなんかいない……! 本当は……」
言葉が詰まる。
熱いものが頬を伝い、気づけば涙が落ちていた。
「莉子……」
悠真が驚いたように名を呼ぶ。
私は涙に滲む視界の中で、必死に言葉を紡いだ。
「本当は……忘れてなんかいないの」
息を呑む気配。
初恋のことを、私はずっと隠してきた。
けれど、もう隠し通せなかった。
「十年前の、雨の日。あの言葉……今でも覚えてる」
彼の瞳が大きく揺れる。
けれど、私は最後まで言えなかった。
“初恋だった”と。
それを告げてしまえば、もう戻れない気がしたから。
沈黙が降りた。
雨音だけが遠くから響く。
「……そうか」
低く、掠れた声。
悠真の瞳に、複雑な感情が揺れていた。
怒りとも、哀しみとも、喜びともつかない。
「なら、なぜ忘れたふりをした」
答えられない。
ただ涙が次々と溢れて、頬を濡らす。
悠真は一歩近づき、ためらうように手を伸ばしかけたが、途中で止めた。
その拳が小さく震えている。
「……もういい。今日は帰れ」
冷たい声。
背を向けて去っていく彼の姿が、涙越しに滲んだ。
私は机に両手をつき、肩を震わせた。
やっと言葉にできたのに。
けれど、それは「涙の告白」には足りなかった。
彼に届く前に、また誤解の壁が立ちはだかったのだ。
——でも、もう隠せない。
私の初恋は、ずっと悠真だった。