忘れた初恋
第十八章「揺れる初恋の記憶」
——嵐の夜。
強く求められた唇の感触は、まだ消えなかった。
翌朝、鏡の前に立つと、頬に残る熱が恥ずかしいほど鮮明だった。
私は唇を押さえ、深く息を吐いた。
拒絶したはずだった。
「やめて」と言った。
それなのに、心の奥では渇望に似た熱が溢れていた。
「……どうして」
問いかけても、答えは出ない。
ただ、十年前のあの日の記憶が胸に浮かんでくる。
雨の庭。
濡れた薔薇の花びら。
少年だった悠真の瞳。
「……わかったわ。じゃあ、忘れる」
そう告げた自分の声。
胸の奥から何かが崩れ落ちる音を、たしかに聞いた。
あの日から、私は“忘れたふり”を始めた。
本当は、忘れたことなんて一度もなかったのに。
窓の外で、小雨が降り出していた。
デスクに広げた書類の文字は、視界に入ってこない。
ただ、彼の声だけが響いていた。
「君は、誰のものだ?」
「俺は十年待ったんだ」
心臓が強く脈打つ。
なぜ彼は、そんなに私を欲するのだろう。
十年もの間、思い続けていたというのは本当なのか。
もしそうなら——私は。
そのとき、携帯に通知が入った。
父からのメッセージ。
「近日中に改めて婚約発表の場を設ける。準備をしておけ」
手から携帯が滑り落ちそうになった。
婚約。
偽りのはずの話が、再び現実として迫ってくる。
私は唇を噛みしめた。
心は悠真を求めている。
でも立場は、御曹司との婚約を望んでいる。
——どうすればいいの。
夜、部屋に戻った私は、机の引き出しを開けた。
そこにしまい込んでいた、十年前の日記帳。
滲んだインクで、震える字が残されていた。
「彼のことが好き。でも言えない」
「忘れるって言った。だからもう泣かない」
ページを閉じた瞬間、涙が頬を伝った。
忘れてなんていなかった。
あのときの私も、今の私も、ずっと同じ人を想い続けていた。
嵐の夜に交わされた強引なキス。
それは、閉ざしていた記憶の扉をこじ開けた。
もう、忘れたふりではやり過ごせない。
けれど、この想いを口にしたとき、すべてを失うのではないかという恐怖が、まだ胸を縛っていた。
強く求められた唇の感触は、まだ消えなかった。
翌朝、鏡の前に立つと、頬に残る熱が恥ずかしいほど鮮明だった。
私は唇を押さえ、深く息を吐いた。
拒絶したはずだった。
「やめて」と言った。
それなのに、心の奥では渇望に似た熱が溢れていた。
「……どうして」
問いかけても、答えは出ない。
ただ、十年前のあの日の記憶が胸に浮かんでくる。
雨の庭。
濡れた薔薇の花びら。
少年だった悠真の瞳。
「……わかったわ。じゃあ、忘れる」
そう告げた自分の声。
胸の奥から何かが崩れ落ちる音を、たしかに聞いた。
あの日から、私は“忘れたふり”を始めた。
本当は、忘れたことなんて一度もなかったのに。
窓の外で、小雨が降り出していた。
デスクに広げた書類の文字は、視界に入ってこない。
ただ、彼の声だけが響いていた。
「君は、誰のものだ?」
「俺は十年待ったんだ」
心臓が強く脈打つ。
なぜ彼は、そんなに私を欲するのだろう。
十年もの間、思い続けていたというのは本当なのか。
もしそうなら——私は。
そのとき、携帯に通知が入った。
父からのメッセージ。
「近日中に改めて婚約発表の場を設ける。準備をしておけ」
手から携帯が滑り落ちそうになった。
婚約。
偽りのはずの話が、再び現実として迫ってくる。
私は唇を噛みしめた。
心は悠真を求めている。
でも立場は、御曹司との婚約を望んでいる。
——どうすればいいの。
夜、部屋に戻った私は、机の引き出しを開けた。
そこにしまい込んでいた、十年前の日記帳。
滲んだインクで、震える字が残されていた。
「彼のことが好き。でも言えない」
「忘れるって言った。だからもう泣かない」
ページを閉じた瞬間、涙が頬を伝った。
忘れてなんていなかった。
あのときの私も、今の私も、ずっと同じ人を想い続けていた。
嵐の夜に交わされた強引なキス。
それは、閉ざしていた記憶の扉をこじ開けた。
もう、忘れたふりではやり過ごせない。
けれど、この想いを口にしたとき、すべてを失うのではないかという恐怖が、まだ胸を縛っていた。