忘れた初恋

第二十一章「父の断罪」

 会場は騒然としていた。
 悠真に唇を奪われた衝撃と、彼の言葉——「十年待った。もう誰にも渡さない」——が、招待客たちの耳に焼きついていた。

 父が壇上から降り、怒りに燃える目でこちらに歩み寄る。
 その足音ひとつで、空気がさらに張り詰めた。

「悠真……お前は副社長としての立場を忘れたのか!」
 低く唸るような声。
「社長令嬢を公衆の面前で辱め、御曹司との婚約を踏みにじるなど——許されると思うな!」

 胸が締めつけられる。
 ——違う、辱められたわけじゃない。
 本当は……。

 けれど声が出ない。
 父の前で反論する勇気を持てなかった。



「社長」
 悠真は一歩前に進み、私を庇うように立った。
「これは、彼女の意思だ」

「意思だと?」
「俺は彼女を守りたい。十年前から、ずっと」

 会場にざわめきが走る。
 父の眉間に深い皺が刻まれた。

「十年前から……? それがどうした。令嬢は家のために存在する。お前ごときが私の娘を語るな」

 その言葉に、悠真の瞳が鋭く光った。



 御曹司が割って入る。
「社長、私なら令嬢を守れます。副社長のような衝動的な男ではなく、家を背負う者として」

 あざ笑うような声音。
 悠真の拳が震えるのが伝わってきた。

「莉子」
 父の冷たい声が私を呼ぶ。
「お前もわかっているだろう。この場で選べ。家か、それとも……その男か」

 会場全体の視線が突き刺さる。
 喉が渇き、言葉が出ない。
 頭の中で嵐が吹き荒れる。

 父の期待。
 家の未来。
 社交界の体面。

 そして——十年前から心の奥に秘めてきた、ひとりの人への想い。



「莉子」
 悠真が私の手を強く握った。
 その熱に、心臓が大きく跳ねる。

「選べなくてもいい。だが——俺は諦めない」
 低い声が耳に届く。
「たとえ社長を敵に回しても、君を奪う」

 会場に衝撃が走った。
 父の顔が怒りで紅潮する。

「……ならば副社長の座を追われる覚悟で言え!」

 断罪の宣告。
 空気が凍りつき、私の胸は張り裂けそうになった。



 奪われた口づけは、ついに父の断罪を呼び込んだ。
 立場と立場がぶつかり合う中で、私は初めて自分の心に問いかける。

 ——私は、誰を選ぶの?
< 22 / 27 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop