忘れた初恋

第二十三章「断ち切られる絆」

 会場は嵐のようにざわめいていた。
 私が「心を選ぶ」と告げた瞬間から、すべてが揺らぎ始めていた。

 父の顔は怒りに染まり、御曹司は冷たい笑みを浮かべる。
 そして悠真の手が、私を庇うように強く握っている。

「父様……私は——」
「黙れ!」
 父の怒声が、会場を震わせた。
「社長令嬢としての責務を忘れるとは何事だ! お前に自由など許されん!」

 その一言が、胸を切り裂いた。



「社長」
 悠真が低く声を発する。
「彼女の意思を踏みにじるのは、あまりに酷だ」

「お前に口を挟む資格はない!」
 父の目は憎悪に燃えていた。
「副社長の地位を剥奪されたいのか?」

 会場が一斉にざわつく。
 役員たちが囁き合い、誰もが事態の行方を見守っていた。

「……構いません」
 悠真の声は揺るぎなかった。
「地位も名誉も、彼女を失うよりは軽い」

 その言葉に、会場中が息を呑んだ。



 御曹司がゆっくりと立ち上がる。
「社長、やはり令嬢は私に任せるべきです。副社長は衝動的で危険です。彼女を守るふりをして、実際には社交界の信用を失わせている」

「……!」
 私は唇を噛んだ。
 まるで私が“足枷”であるかのように言われる。

「莉子様、あなたには義務があります。家の未来を背負う義務が」
 御曹司が私の腕を掴もうと手を伸ばす。

 その瞬間、悠真の手が鋭く彼の手首を払った。

「触れるな」
 低い声が、氷のように冷たかった。



「莉子」
 父の声が突き刺さる。
「今すぐに副社長と手を切れ。さもなくば——お前を娘と認めん」

 会場が静まり返る。
 父の言葉は、社交界全体に“断絶”を宣言するに等しかった。
 息が詰まる。
 私の存在そのものが、家と悠真を引き裂いてしまう。

「父様……どうして」
 声が震える。
 十年前、あの日もそうだった。
 “忘れる”と告げたのは、結局は父の影に怯えたから。

 また同じことを繰り返すの?



 悠真の手が、私の頬に触れた。
「莉子。俺を信じろ」

 その声に涙が溢れる。
 でも、父の言葉が頭の中で響き続けていた。
 ——“娘と認めん”。

 家族を失う恐怖と、初恋を失う痛み。
 ふたつの絆が、同時に断ち切られようとしていた。
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