魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす
16.雨の庭園
「結界を張っていたんだがな。」
低い声が耳元に届き、ぞわりと寒気が走った。入ってはいけないと言われていたのに、勝手に森へ入ったのは私だ。悪いことは百も承知しているけれど、恐ろしくなって手が震えた。
「陛下、セレーヌ様はマリウスを助けてくださったんです。」
魔獣を助けられたことは良かった。でも、約束を破ったことは事実。きっと何らかの罰を受けることになる。私は震える手を握りしめた。
「セレーヌ様はブランシェール家のご令嬢だそうですね。こんなに素晴らしい方がわざわざエルバトリアからいらしてくださるなんて、こんなに光栄なことはありません。陛下、この際ですからご結婚をお考えになったらいかがですか?」
(ロシュフォールは、こんな時に何を言ってるの……!?)
ロシュフォールは大真面目に話を続ける。
「セレーヌ様のような方こそ、陛下のお相手に相応しいと思います。陛下がご結婚されればヴァルドラードは安泰。私もランスロットも安心です!ですから……」
「……婚約はしている。」
ロシュフォールの耳がピンと立ち上がった。
「えっ……今なんとおっしゃいました?」
「セレーヌは俺の婚約者だ。」
「こ、ここ婚約!?婚約されたのですか!?ご、ご結婚はいつですか!?私は魔獣のままで構いません!全身全霊でお祝いいたします!わぁ!陛下が結婚だぁぁぁ!!」
ロシュフォールは新しいおもちゃをもらった犬のように、尻尾を振り回して飛び跳ねている。皇帝陛下は呆然としてその様子を眺めていた。
(あんなお顔もなさるのね……)
皇帝陛下の人間らしい一面をはじめて見た気がする。
「あぁ、嬉しい!早くみんなに伝えたいなぁ!」
「セレーヌ、帰るぞ。ここはうるさい。」
皇帝陛下はため息をついて私に手を差し出した。ロシュフォールの目を気にしながら恐る恐る皇帝陛下の手を握ると、手の平が暖かくなって、魔力が送られてくる感覚がした。
「ここではあまり魔力を使わない方が良い。」
「ありがとう……ございます……」
身体が熱いのは、魔力を送られているせいだろうか。
「仲がおよろしいのですね♪」
はっとして振り返ると、ロシュフォールが満面の笑みでこちらを見ていた。
「……行くぞ。」
皇帝陛下に手を引かれて、私は顔を俯けたまま足を動かした。
(あんな風に言われると恥ずかしいな……)
結婚できると決まったわけではないけれど、ロシュフォールはその気でいるみたいだ。
(結婚したらどうなるんだろう……ヴァルドラードに住んだら……)
毎日お城や庭園の掃除をして、この森へ来てロシュフォールやあの小さな魔獣たちと一緒に過ごす──悪い気はしない。むしろ快適だ。でもその生活を手に入れるためには、皇帝陛下と結婚する必要がある。
(結婚してくれたりするのかな……って何考えてんだろ……!)
「顔がうるさいな。ロシュフォールに毒されたか?」
言葉はきついけど、皇帝陛下の表情は穏やかだ。
「勝手に森へ入ってしまい、申し訳ありませんでした。」
「結界を抜けられるとは思わなかった。体は平気なのか?」
「……はい。」
ポケットに魔法石が入っている。結界を通れたのは魔法石のおかげかもしれない。
「森へ来るときは、ロシュフォールに案内してもらうといい。」
「来ていいのですか?」
「魔獣が好きなんだろ?」
「ありがとうございます!」
皇帝陛下の許しをもらえた。これで気兼ねなく森へ来ることができる。森を出ると、庭園にはしとしとと雨が降っていた。
「雨が……」
「もう少し水をやった方が良いらしいからな。」
広い庭園を1人で水やりするには限界がある。適度に雨が降ってくれたらなんて思っていた。皇帝陛下は雨の中をずんずん歩いて行く。でも体に雨が当たらない。不思議に思って見上げると、皇帝陛下も濡れていなかった。
「これも魔力ですか?」
「さぁな。」
「っ、すみません!私ずっと手を……っ!」
皇帝陛下と手を繋いだまま歩いていたことに驚いて焦って手を放したら、ザザザと雨に濡れた。
「手を放すな。」
「はい……」
皇帝陛下はため息まじりに私の手を握った。途端に暖かくなって濡れていた体が乾いていく。
「……ありがとうございます。」
私はおとなしく手を繋がれていた。
低い声が耳元に届き、ぞわりと寒気が走った。入ってはいけないと言われていたのに、勝手に森へ入ったのは私だ。悪いことは百も承知しているけれど、恐ろしくなって手が震えた。
「陛下、セレーヌ様はマリウスを助けてくださったんです。」
魔獣を助けられたことは良かった。でも、約束を破ったことは事実。きっと何らかの罰を受けることになる。私は震える手を握りしめた。
「セレーヌ様はブランシェール家のご令嬢だそうですね。こんなに素晴らしい方がわざわざエルバトリアからいらしてくださるなんて、こんなに光栄なことはありません。陛下、この際ですからご結婚をお考えになったらいかがですか?」
(ロシュフォールは、こんな時に何を言ってるの……!?)
ロシュフォールは大真面目に話を続ける。
「セレーヌ様のような方こそ、陛下のお相手に相応しいと思います。陛下がご結婚されればヴァルドラードは安泰。私もランスロットも安心です!ですから……」
「……婚約はしている。」
ロシュフォールの耳がピンと立ち上がった。
「えっ……今なんとおっしゃいました?」
「セレーヌは俺の婚約者だ。」
「こ、ここ婚約!?婚約されたのですか!?ご、ご結婚はいつですか!?私は魔獣のままで構いません!全身全霊でお祝いいたします!わぁ!陛下が結婚だぁぁぁ!!」
ロシュフォールは新しいおもちゃをもらった犬のように、尻尾を振り回して飛び跳ねている。皇帝陛下は呆然としてその様子を眺めていた。
(あんなお顔もなさるのね……)
皇帝陛下の人間らしい一面をはじめて見た気がする。
「あぁ、嬉しい!早くみんなに伝えたいなぁ!」
「セレーヌ、帰るぞ。ここはうるさい。」
皇帝陛下はため息をついて私に手を差し出した。ロシュフォールの目を気にしながら恐る恐る皇帝陛下の手を握ると、手の平が暖かくなって、魔力が送られてくる感覚がした。
「ここではあまり魔力を使わない方が良い。」
「ありがとう……ございます……」
身体が熱いのは、魔力を送られているせいだろうか。
「仲がおよろしいのですね♪」
はっとして振り返ると、ロシュフォールが満面の笑みでこちらを見ていた。
「……行くぞ。」
皇帝陛下に手を引かれて、私は顔を俯けたまま足を動かした。
(あんな風に言われると恥ずかしいな……)
結婚できると決まったわけではないけれど、ロシュフォールはその気でいるみたいだ。
(結婚したらどうなるんだろう……ヴァルドラードに住んだら……)
毎日お城や庭園の掃除をして、この森へ来てロシュフォールやあの小さな魔獣たちと一緒に過ごす──悪い気はしない。むしろ快適だ。でもその生活を手に入れるためには、皇帝陛下と結婚する必要がある。
(結婚してくれたりするのかな……って何考えてんだろ……!)
「顔がうるさいな。ロシュフォールに毒されたか?」
言葉はきついけど、皇帝陛下の表情は穏やかだ。
「勝手に森へ入ってしまい、申し訳ありませんでした。」
「結界を抜けられるとは思わなかった。体は平気なのか?」
「……はい。」
ポケットに魔法石が入っている。結界を通れたのは魔法石のおかげかもしれない。
「森へ来るときは、ロシュフォールに案内してもらうといい。」
「来ていいのですか?」
「魔獣が好きなんだろ?」
「ありがとうございます!」
皇帝陛下の許しをもらえた。これで気兼ねなく森へ来ることができる。森を出ると、庭園にはしとしとと雨が降っていた。
「雨が……」
「もう少し水をやった方が良いらしいからな。」
広い庭園を1人で水やりするには限界がある。適度に雨が降ってくれたらなんて思っていた。皇帝陛下は雨の中をずんずん歩いて行く。でも体に雨が当たらない。不思議に思って見上げると、皇帝陛下も濡れていなかった。
「これも魔力ですか?」
「さぁな。」
「っ、すみません!私ずっと手を……っ!」
皇帝陛下と手を繋いだまま歩いていたことに驚いて焦って手を放したら、ザザザと雨に濡れた。
「手を放すな。」
「はい……」
皇帝陛下はため息まじりに私の手を握った。途端に暖かくなって濡れていた体が乾いていく。
「……ありがとうございます。」
私はおとなしく手を繋がれていた。