魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす
25.悪の精霊の家
悪の精霊ルシアによって泉に引き込まれた私は、ただただ困惑していた。ルシアは真っ黒い影のような姿ではなく、美しいドレスに身を包みオーロラに輝く羽根を持つ儚げな精霊の姿をしている。おまけに壁紙はハート柄。ピンクで統一された家具に囲まれた可愛らしい部屋だ。
「お待たせ〜!」
ふんわりと甘い香りを漂わせて、ルシアがティーカップを運んできた。ティーカップにもハートが描かれている。精霊に紅茶をご馳走になるとは思っていなかった。
「今はこの紅茶がお気に入りなの。飲んでみて?」
「……ありがとう。」
カップを手に取って恐る恐る紅茶を口につける。すると、甘い香りが全身を駆け巡った。この独特の温かさは──
「魔力で香りを付けてるの?」
「そうなの!よくわかったわね!あぁ、嬉しい!ねぇ、あなたの名前は?」
「セレーヌよ。セレーヌ・ブランシェール。」
「私はルシア。もう知ってるかしら。気軽にルシアって呼んでね。」
ルシアはにこにこしながら紅茶を飲んでいる。泉の外で見た悪の精霊のルシアはとても怖かった。泉に引き込まれたら二度と戻れないかもしれないと思っていたが、これではまるで友達の家へ遊びに来たみたいだ。
「本当に話をするだけなの?」
「そうよ。悪の精霊になってから、ずっと1人だったから話し相手が欲しかったの。」
それならもっと楽しそうに言って欲しかった。それだけのために皇帝陛下を攻撃するなんて。皇帝陛下の魔力の消失は激しく、私だけの力では助けられなかった。ロシュフォールたちが力を貸してくれなかったら、二度と目を覚まさなかったかもしれない。
「それならそうと言ってくれればよかったのに。陛下をあんな目に遭わせるなんて……」
「ごめんなさい。外に出るとうまく気持ちをコントロールできないの。私がひとりぼっちなのは、あいつのせいだと思ったらすごく腹が立って……本当にごめんなさい。」
ルシアが体を小さく丸めてしょんぼりと俯くと、暖かく甘い香りで満たされていた部屋の中が、足の裏から徐々に冷たくなってきた。もしかしたら、この部屋はルシアの魔力の影響を受けているのかもしれない。
「ひとりぼっちなのは、悪の精霊になってしまったからなのよね?どうして悪の精霊になってしまったの?」
ルシアはもじもじしながら俯いた。
「内緒にしてくれる?」
「うん……」
「私、好きな人がいるの。」
「好きな人?」
「その人のこと考えてた時に魔力が上がり始めたから……それが理由かなって思ってる。」
悪の精霊と呼ばれて魔物のような存在になってしまったが、本来のルシアは可愛いものが好きな女の子。皇帝陛下に聞かれて答えられなかったのもうなずける。
「好きな人っていうのは、精霊?」
ルシアは驚いて顔を上げた。聞いてはいけなかっただろうか。
「昔は、精霊にも好きな人がいたんだけど……捨てられちゃったから……」
ルシアは俯いて水色のブレスレットをさすっている。
「そうだったんだ、ごめん。変なこと聞いちゃって……」
「ううん。普通はそう思うわよね。私の好きな人は……ロシュフォールさんなの。」
「えっ、ロシュフォール!?魔獣が好きなの?」
「違うわ。私が好きなのは人間のロシュフォールさん。」
「あ、人間の……そ、そうなんだ……」
魔獣の姿でも立派だから、きっと人間のロシュフォールもカッコいいのだろう。それはなんとなくわかる。
「ロシュフォールに会いたいから魔獣にしたの?」
「否定はできないと思うわ。外に出ると気持ちの制御ができないから。でも、あの時は気づいたら手当たり次第に人間を魔獣に変えていた……」
そばにいて欲しいというだけなら、ロシュフォールだけを魔獣にすればいい。それに、ルシアが好きなのは人間のロシュフォールだから魔獣に変える必要はない。悪の精霊になった理由は、ロシュフォールが好きだからというだけじゃない気がする。
「泉に戻って来て、自分のしたことに気づいたの。それでなんとかしようと思って魔力を使おうとしたら、あいつに封印されてしまったのよ。」
「ルシアも元に戻そうとしていたのね。」
ルシアは小さく頷いた。
「お待たせ〜!」
ふんわりと甘い香りを漂わせて、ルシアがティーカップを運んできた。ティーカップにもハートが描かれている。精霊に紅茶をご馳走になるとは思っていなかった。
「今はこの紅茶がお気に入りなの。飲んでみて?」
「……ありがとう。」
カップを手に取って恐る恐る紅茶を口につける。すると、甘い香りが全身を駆け巡った。この独特の温かさは──
「魔力で香りを付けてるの?」
「そうなの!よくわかったわね!あぁ、嬉しい!ねぇ、あなたの名前は?」
「セレーヌよ。セレーヌ・ブランシェール。」
「私はルシア。もう知ってるかしら。気軽にルシアって呼んでね。」
ルシアはにこにこしながら紅茶を飲んでいる。泉の外で見た悪の精霊のルシアはとても怖かった。泉に引き込まれたら二度と戻れないかもしれないと思っていたが、これではまるで友達の家へ遊びに来たみたいだ。
「本当に話をするだけなの?」
「そうよ。悪の精霊になってから、ずっと1人だったから話し相手が欲しかったの。」
それならもっと楽しそうに言って欲しかった。それだけのために皇帝陛下を攻撃するなんて。皇帝陛下の魔力の消失は激しく、私だけの力では助けられなかった。ロシュフォールたちが力を貸してくれなかったら、二度と目を覚まさなかったかもしれない。
「それならそうと言ってくれればよかったのに。陛下をあんな目に遭わせるなんて……」
「ごめんなさい。外に出るとうまく気持ちをコントロールできないの。私がひとりぼっちなのは、あいつのせいだと思ったらすごく腹が立って……本当にごめんなさい。」
ルシアが体を小さく丸めてしょんぼりと俯くと、暖かく甘い香りで満たされていた部屋の中が、足の裏から徐々に冷たくなってきた。もしかしたら、この部屋はルシアの魔力の影響を受けているのかもしれない。
「ひとりぼっちなのは、悪の精霊になってしまったからなのよね?どうして悪の精霊になってしまったの?」
ルシアはもじもじしながら俯いた。
「内緒にしてくれる?」
「うん……」
「私、好きな人がいるの。」
「好きな人?」
「その人のこと考えてた時に魔力が上がり始めたから……それが理由かなって思ってる。」
悪の精霊と呼ばれて魔物のような存在になってしまったが、本来のルシアは可愛いものが好きな女の子。皇帝陛下に聞かれて答えられなかったのもうなずける。
「好きな人っていうのは、精霊?」
ルシアは驚いて顔を上げた。聞いてはいけなかっただろうか。
「昔は、精霊にも好きな人がいたんだけど……捨てられちゃったから……」
ルシアは俯いて水色のブレスレットをさすっている。
「そうだったんだ、ごめん。変なこと聞いちゃって……」
「ううん。普通はそう思うわよね。私の好きな人は……ロシュフォールさんなの。」
「えっ、ロシュフォール!?魔獣が好きなの?」
「違うわ。私が好きなのは人間のロシュフォールさん。」
「あ、人間の……そ、そうなんだ……」
魔獣の姿でも立派だから、きっと人間のロシュフォールもカッコいいのだろう。それはなんとなくわかる。
「ロシュフォールに会いたいから魔獣にしたの?」
「否定はできないと思うわ。外に出ると気持ちの制御ができないから。でも、あの時は気づいたら手当たり次第に人間を魔獣に変えていた……」
そばにいて欲しいというだけなら、ロシュフォールだけを魔獣にすればいい。それに、ルシアが好きなのは人間のロシュフォールだから魔獣に変える必要はない。悪の精霊になった理由は、ロシュフォールが好きだからというだけじゃない気がする。
「泉に戻って来て、自分のしたことに気づいたの。それでなんとかしようと思って魔力を使おうとしたら、あいつに封印されてしまったのよ。」
「ルシアも元に戻そうとしていたのね。」
ルシアは小さく頷いた。