魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす

3.消えた魔力

 ヴァルドラードは今日も雨が降っている。ランスロットが執務室に戻ると、皇帝のアルフォンスは無愛想な顔で書類を読んでいた。

「戻りました~!」
「あぁ。」

 興味がなさそうに気怠げに返事をしたアルフォンスとは対照的に、ランスロットは楽しくて仕方がなかった。なにせアルフォンスの結婚相手を確保したのだから。

「陛下、見つけましたよ!ヴァルドラードへ来てくださる女性の魔力使い!」

 アルフォンスは驚いて顔を上げた。ヴァルドラードはランスロットが面白おかしく広げた噂のため、周囲の国から必要以上に恐れられている。そんな国へ来る女性がいるとは思わなかった。

「なんと、あのポンコツ王太子が婚約破棄をした現場に居合わせたんです。そして婚約破棄されたのが、ブランシェール家のご令嬢セレーヌ様!」

 ブランシェール家は、代々王室を魔力で支える名家だ。

「セレーヌ様に交渉したら、来てくださることになりました~!ブランシェール家のお嬢様が、ヴァルドラードへ来てくださるんです。こんな機会は二度とありませんよ。」
「婚約を破棄された弱みに付け込んだのか。」
 
 アルフォンスはため息をついた。ランスロットがしていることは、行き場所を失った女性を強制的に連行するようなものだ。

「そんなことありません。利害が一致したんです。」

 アルフォンスはランスロットに鋭い視線を向けた。ランスロットは機嫌が悪そうなアルフォンスに構わず、淡々と言葉を続けた。

「セレーヌ様は、結婚しなければ魔力を失ってしまうそうで……」
「断る。」

 何も言っていないのに食い気味に断られてしまった。アルフォンスは以前から結婚しないと断言している。結婚を断られることは想定内だ。ランスロットは、書類に視線を落としたアルフォンスに静かに近づいた。

「セレーヌ様は、あのポンコツ王太子の荒れ狂う魔力をお1人で制御されてきたようです。無論、そのためにたくさんの魔力を習得されております。」
「あいつが無能でいられたのは、婚約者が有能過ぎたからか。」

「そうだと思います。」
「ブランシェール家の令嬢ならば結婚相手は山ほどいる。俺と結婚する必要はない。」

「ですが、セレーヌ様にお会いすれば陛下もわかると思います。セレーヌ様なら、ルシアの話し相手になれます。」
「……」

 アルフォンスの黄金色の瞳がわずかに揺れた。

「セレーヌ様はお美しくそれでいて可愛らしい方です。女性を求めているということは、すなわち女性らしい人に来て欲しいという意味だと思います。セレーヌ様はまさに適任。」

 静かな執務室に雨の音だけが響いている。

「セレーヌ様のお力をお借りすれば、長年解決できない問題を解決できるかもしれません。少なくとも私はそう思いました。」

 ランスロットは目を伏せているアルフォンスをじっと見つめた。問題を解決したいと思っているのは自分だけではない。アルフォンス自身が最も望んでいるはずだ。

「しかし、セレーヌ様も、面識のない陛下との結婚を無条件に承諾されたわけではありません。何しろエルバトリアで囁かれている陛下の噂は酷いですから。そこで、1年間の契約でヴァルドラードへ来ていただけないかとお話ししました。」
「期限付きで婚約するというわけか。」

「はい。1年で変化がなければ、女性であっても解決できないということになります。適度な期間だと思いませんか?」
「……そうだな。」

「陛下と婚約をすれば、セレーヌ様は魔力を失わずに済みます。婚約ですから必ずしも結婚するというわけではありません。セレーヌ様に可能性を見出せないのでしたら、ご帰国いただくことも可能です。」

 ランプの灯りが風もないのに静かに揺れている。長い沈黙の後、アルフォンスは大きく息を吐き出した。

「……わかった。」

 アルフォンスの低い声が響き、ランスロットの目は星空のようにキラキラと輝いた。

「ありがとうございま〜す!では、早速こちらへサインをいただけますか〜?」

 ランスロットは陽気に1枚の紙を差し出した。

「用意周到だな。」
「セレーヌ様の魔力が無くなってしまっては大変ですからね!」

 アルフォンスは苦い顔をしながら、婚約証明書にサインをした。

「変な動きをすれば帰国させる。ちゃんと話してこい。」
「わかってま〜す!わーい、やったー!」
「はぁ……」

 背もたれに寄りかかって宙を見上げるアルフォンスとは対照的に、ランスロットは飛び上がって喜んだ。
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