魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす

27.皇帝の変化

 草むらを抜けて泉のほとりに出ると、私に気づいたロシュフォールが駆け寄ってきた。

「セレーヌ様!あぁ、良かった!良かったです本当に……!」
「心配かけましたね。みんなの体は大丈夫ですか?陛下に魔力を送ってしまったでしょう?」
「大丈夫です。みんな回復しています。」

「陛下を助けてくれてありがとう。みんなにもそう伝えて。」
「承知致しました!」

 忠犬のように姿勢を正しているロシュフォールの頭を撫でると、ロシュフォールは気持ちよさそうに目を細めた。

 その瞬間、強い魔力が波動のように伝わってきて呼吸が苦しくなった。ロシュフォールも足を踏みしめて苦しそうに息をしている。顔を上げると皇帝陛下がゆったりとした足取りでこちらへ向かってくるのが見えた。

「陛下……あの、魔力を抑えていただけませんか?ちょっと苦しいです……」
「あぁ、すまない。まだよくわからなくてな。」

 ふっと力が抜けて、ようやく呼吸ができるようになった。皇帝陛下を纏う空気が怪しく揺らめいている。ルシアの部屋へ行く前と雰囲気が違う気がする。そう思っていると、皇帝陛下は私の目の前まで歩いてきて髪をそっと撫でた。

「おかえり。」

 感じたことのない緊張と羞恥心で体が硬直した。

「帰ろう。」

 そっと手を握られると心臓がうるさく鳴り始めた。雰囲気が違うどころではない。皇帝陛下はまるで人が変わってしまったようだ。

(何があったの?私が魔力を送ったから?それとも魔獣の魔力のせい?)

「陛下、お体は……」
「大丈夫だ。」

 優しく微笑まれて今度は心臓が止まりそうになった。私は赤い顔を隠すように俯いたまま城へ戻った。

 ♢♢♢

「陛下もあんな顔をされるんだな。」
 
 アルフォンスは女遊びが激しかった先代への反発から結婚しないと言い張り、ロシュフォールを後継にすると宣言していた。そのため、長く皇帝の補佐として業務を行っていた。だけど──

「俺の役目はいらなくなるかもな。」

 ロシュフォールは、セレーヌとアルフォンスが仲睦まじく歩く様子をずっと眺めていた。
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