魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす

28.大きな魔獣

 私は書庫で精霊について調べていた。どの本にも悪の精霊になった理由を見つけることが大事と書いてある。

「それはわかってるんだけどな……」

 ルシアが悪の精霊になった理由はおそらく1つだけではない。元カレに会えなくなったこともそうだし、それによって1人ぼっちになってしまったこともそう。好きになったロシュフォールが結婚してしまうことも違うとは言えない。

「やっぱり、まずは元カレに会って聞いてみないといけないよね。」

 だけど、心配なことがある。彼が会いに来なくなった理由が納得のいくものだったら、ルシアの気持ちは落ち着くだろう。だけど、本当にルシアを捨てたとしたら──頭に浮かんだのは、悪の精霊のルシアの姿。黒い塊のようなルシアはどんどん巨大化して空を覆っていく。

「だめだめ!あれ以上強くなったら困る!」

 ルシアを封印することは今でも大変なのに、これ以上強くなったら誰も止められない。万が一、ルシアが振られてしまっても、ルシアがショックを受けないように準備をしておくべきだ。例えば、ルシアの方にも新しい彼氏がいるとか……

「ロシュフォールだ!」

 ルシアはロシュフォールのことが好きなんだから、ロシュフォールと結ばれる可能性があるとわかれば、気持ちを保つことができるかもしれない。

「結婚してる感じはしないけど、念のため許嫁がいるのか調べないとね。書庫さん、皇帝陛下の側近の名簿ってありますか?」

 書庫に呼びかけても何の反応もない。さすがに名簿は書庫に置いていないのかもしれない。

「ランスロットさんに聞いてみよう。」

 取り出した本を戻して書庫を出ると、正面から息が苦しくなるほどの魔力が向かってきた。ヴァルドラードへ来て初めて皇帝陛下と会ったときに感じたあの強い魔力だ。

「何を調べている?」

 凍りつくような低い声が廊下に響き、底知れぬ恐怖で足がすくむ。黄金色の瞳に射抜かれて、私は思わず顔を俯けた。

「なぜロシュフォールのことを調べる必要がある?」

 ビクッと肩が震えた。ルシアがロシュフォールに思いを寄せているから、許嫁がいるのか知りたいだけだ。それを言えば良いだけなのに、言葉が詰まって出てこない。

「お前は俺の婚約者だ。どうして…………」

 顔を上げると皇帝陛下は姿を消した。姿が見えなくなったのに、魔力だけは気配を残している。

「何……今の……」

 皇帝陛下が姿を消す瞬間、青い炎が体を覆っていた──ぱっと窓の外が明るくなって視線を外へ向けると、庭園の真ん中から青い炎が天高く立ち上っていた。
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