魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす

29.精霊の祝福

「なぜロシュフォールのことを調べていた……?」

「ルシアがロシュフォールのことを好きだって言ってたんです。」
「……は?」

「ロシュフォールといい感じになれるってわかれば、ルシアの気持ちも落ち着くかなと思って……」
「ロシュフォールがルシアのことを好きになると思うか?」

「あ。そ、そうですよね……」

 ロシュフォールの気持ちを考えていなかった。ロシュフォールが敬愛する皇帝陛下を攻撃する相手を好きになるはずなんてない。私は大事なことを忘れていた。

「ルシアが悪の精霊になったのは、ロシュフォールに想いを寄せたことが理由なのか?」
「許嫁と結婚するという話を聞いてショックを受けたと言っていたので、それがきっかけだったんじゃないかと思います。」

「だからロシュフォールを魔獣に変えたのか?」

「その気持ちが全くないわけではなかったみたいですけど、それよりも1人でいるのが寂しかったそうです。仲が良かった精霊が会いに来てくれなくなってしまったみたいで。」
「はぁぁ……くだらん。」

「そんな風に仰らなくても良いではありませんか。」
「悪の精霊を封じるのは大変なんだ。あいつに変わり泉を浄化し、ロシュフォールたちを助けようとして様々な方法を試しては挫折を繰り返してきた。それが、精霊の痴情のもつれだと聞いて納得できると思うか?」

 皇帝陛下は大きなため息をついて目を閉じた。側近のロシュフォールをはじめとする使用人たちが魔獣に変えられて、自分の魔力ではどうにもならない。皇帝陛下の苦しみは想像を絶するものだっただろう。ルシアを封印することも、泉を浄化し続けることも大変だと思う。だけど──

「陛下も一緒じゃないですか。」
「んあっ?」

「私がロシュフォールのことを調べてるって知って、嫉妬して魔獣になったんですよね?ルシアと同じではないのですか?」
「…………」

「魔力がお強い方は大変ですね。私には想像がつきません。」

 皇帝陛下もルシアも持っている魔力が強すぎるから、そんなことになる。私は何も言えずに目を泳がせる皇帝陛下を見て笑った。

「ルシアを元の姿に戻すためには、どうして仲の良かった精霊が会いに来なくなったのかを知る必要があると思います。彼が今どうしているのかわからないのですが……」
「そいつも思うところがあるはずだ。あんな状態なのだからな。」
「?」

「乗れ。ドルレアンへ行く。」

「えっ、陛下の背中に?」
「早くしろ。」

「は、はい!」

 戸惑いながら背中によじ登ると、暖かな魔力に包まれて体が浮き上がった。風で庭園の花や森の木々が大きく揺れて、地面がみるみる離れて行く。気づけば視線の下にはヴァルドラードの街が広がっていた。

 ♢♢♢

「セレーヌ様はすごいなぁ……」

 ランスロットは、執務室の窓から顔半分だけを出して庭園を見ていた。屋内から見ていても気持ちが悪いあの大きな魔獣を、セレーヌはベタベタ触ったり抱きついたりして、挙句、背中に乗って飛んで行ってしまった。

「でも良かった。セレーヌ様はあの陛下も受け入れてくれたんだ。」

 あの大きな魔獣が平気なら結婚しても大丈夫だ。ランスロットは空の向こうへ消えた魔獣の姿をいつまでも目で追っていた。
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