焦がれ、凍てつく蜜月〜拗らせ御曹司と冷遇された社長令嬢の政略結婚〜

第十一章:奈緒の危機と、陸の独占欲

美咲が去った後も、奈緒の心は荒れていた。陸の冷たい態度、美咲の優越感に満ちた言葉。奈緒は、自分がこの結婚に希望を抱くのは間違いだと、何度も自分に言い聞かせた。

数日後、片桐グループの関連企業との合同パーティーが開催され、奈緒は西園寺の妻として出席することになった。陸は多忙のため、少し遅れて会場に来ると告げられていた。

奈緒は、一人で社交の場に立ち、笑顔で挨拶を交わしていた。しかし、ターゲットはすぐに奈緒を見つけた。片桐グループの主要な取引先である、岩崎という男だった。彼は業界では有名な女好きで、奈緒に対しても以前からしつこい視線を送っていた。

「片桐令嬢、いや、西園寺の奥方か。お美しい」
岩崎は、奈緒の手に触れようと身を乗り出してきた。奈緒は一歩下がり、笑顔の裏で警戒心を強めた。
「ありがとうございます。岩崎様」

「いやいや、遠慮はいらない。西園寺様は多忙らしい。こんな夜に奥方を一人にするとは、愛がない証拠ですな」
岩崎は卑しい笑みを浮かべ、さらに奈緒に近づく。周囲の人間は見て見ぬふりだ。政略結婚の妻など、格好の餌食と見ているのだろう。

岩崎は、奈緒の腕を掴み、強引に引き寄せようとした。
「さあ、奥方。少し静かな場所で、愛の無い結婚について語り合いませんか?」
奈緒は恐怖に硬直し、腕を振り払おうともがいた。
「離して! 岩崎様、やめてください!」

その瞬間、会場の入口付近の空気が一変した。ざわめきが止まり、人々が一斉に視線を向けた。
西園寺陸が、氷のような怒りを纏いながら、会場に入ってきたのだ。彼は、奈緒と岩崎の状況を一瞬で把握した。

陸の瞳の奥に、見たことのない激しい炎が燃え盛った。それは、奈緒が今まで感じた彼の冷たさを全て吹き飛ばすほどの、剥き出しの殺気だった。
陸は迷いなく、その場の人間を押し退けて奈緒の元へ一直線に向かった。

「……何をしている」
陸の声は低く、地を這うような怒りを含んでいた。岩崎は、陸の尋常ではない迫力に怯み、咄嗟に奈緒の腕から手を離した。

陸は奈緒の前に立ちはだかり、岩崎を見下ろした。
「西園寺社長……これは、私は奥方と、ビジネスの話を」岩崎はしどろもどろになる。

陸は彼の言葉を最後まで聞くつもりはなかった。彼は、一言も発することなく、岩崎の胸倉を掴んだ。
「二度と、僕の妻に指一本触れるな」
陸の低く響く声は、会場全体に張り詰めた静寂の中で、はっきりと響き渡った。その言葉には、奈緒との契約では許されないはずの、純粋な独占欲と所有欲が溢れていた。

陸は岩崎を強く突き飛ばし、彼はよろめいた。陸はためらいなく奈緒を自分の胸に引き寄せ、その震える体を抱きしめた。
奈緒は、彼のシャツ越しに伝わる激しい鼓動を感じた。それは、常に冷静沈着な仮面の下に隠されていた、陸の本能的な感情だった。

「大丈夫か、奈緒」
耳元で囁かれたその声は、苛立ちと安堵が混ざり合い、奈緒を安心させた。
「俺から離れるな。お前は僕の妻だ。誰にも好きにさせるものか」

陸はそう言って、奈緒の肩を抱き寄せ、会場の中心を堂々と歩き始めた。その瞳は、奈緒の幸せを願って冷たい態度を取っていたはずの男の目ではなく、愛する者を守り抜く男の強い意志に満ちていた。

奈緒は、陸の腕の中で混乱していた。彼は形式的な夫婦だと言った。彼女が他の男を愛していると信じているはずだ。それなのに、なぜ、これほどまでに激情を露わにするのか?

(彼が私を嫌っているのは、嘘……?)
この事件は、陸の冷たい理性の仮面を剥がし、奈緒への抑えがたい独占欲を、奈緒自身に突きつける決定的な出来事となった。彼の愛情と誤解が、複雑に絡み合い、いよいよ二人の関係が大きく動き始めるのだった。
< 11 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop