焦がれ、凍てつく蜜月〜拗らせ御曹司と冷遇された社長令嬢の政略結婚〜

第十二章:誤解の根源

合同パーティーでの出来事以来、新居の空気は張り詰めていた。陸は岩崎への怒りからか、帰宅後も険しい表情を崩さなかった。奈緒は、彼の剥き出しの独占欲に混乱していたが、同時に、彼が自分を必死で守ってくれた事実に、心の奥底で熱いものを感じていた。

翌日、陸は出張で不在だった。奈緒は一人、昨日の余韻と、陸が口にした「僕の妻だ」という言葉の意味を考えていた。
そんな時、奈緒のスマートフォンに、一通のメッセージが届いた。それは、高校時代の知人からだった。

「ねぇ、和泉先輩が陸さんの会社と仕事してるって知ってた?今日、西園寺ビルで見かけたよ!」
奈緒の心臓が跳ね上がった。和泉。陸が、自分が恋をしていると誤解し、冷たい態度を取る原因となった、あの先輩だ。

(陸は、和泉先輩が近くにいることを知っているはずだわ)
奈緒はいても立ってもいられなくなり、陸の会社を訪れるという無謀な行動に出た。形式上の妻として、陸に書類を届けに来たという名目で、なんとか受付を通過した。
廊下を歩いていると、会議室から出てきた人物と目が合った。

「片桐……奈緒さん?」
そこに立っていたのは、奈緒の和泉先輩だった。昔と変わらない、爽やかで優しい笑顔。
奈緒は驚きながらも挨拶を交わした。和泉は、西園寺グループと共同プロジェクトを進めている企業の人間として、陸と頻繁に会っているという。

「西園寺社長と結婚されたと聞いて驚きました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
奈緒は意を決して、和泉に尋ねた。
「あの……和泉先輩は、高校時代、私に恋愛感情を持っていたりしましたか?」

和泉はきょとんとした顔で、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「奈緒さん、どうしたんですか、突然。僕は、奈緒さんのことを、可愛い妹みたいに思っていましたよ。明るくて、まっすぐで。特に、陸を追いかけている奈緒さんが、微笑ましくてね」

奈緒は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「陸を……?」
「ええ。奈緒さん、僕にいつも陸の幼馴染としての悩みを相談してくれたじゃないですか。陸が最近冷たい、とか、どうしたら笑ってくれるか、とか。あの頃の奈緒さんは、本当に陸のことで頭がいっぱいでしたから」

奈緒の胸の内が、ガラガラと崩れ落ちた。
陸が目撃した、あの高校時代の笑顔。それは、和泉を好きで向けたものではなく、陸への想いを相談できる友愛からくる、心の安堵の笑顔だったのだ。
(陸は、それを……私があの先輩に恋をしていると、誤解していたの?)

奈緒が動揺していると、後ろから、冷たい声が響いた。
「奈緒」
振り向くと、出張から急遽戻ってきたのか、陸が立っていた。彼の表情は、和泉と奈緒が並んでいる光景を目にし、再び凍りついていた。彼は、奈緒が未だに和泉を追いかけていると、また誤解を強めたのだろう。
和泉は、陸に気づき、快活に挨拶をした。

「陸、奥様とお話していました。奥様は、相変わらず明るいですね」
陸は和泉を睨みつけるような視線を送った後、奈緒の腕を掴んだ。その力は、昨日よりもさらに強かった。
「用は済んだな。帰るぞ」

奈緒は引きずられるように陸に連れられ、西園寺ビルを後にした。車に乗り込むと、陸は怒りを抑えきれない様子でハンドルを叩いた。
「どういうつもりだ。君は、自分の契約を忘れたのか。僕の会社にまで、あの男に会いに来るとは!」
奈緒は、陸の勘違いが招いた、このすれ違いの深さに、涙が溢れそうになった。

「陸……違うの。私は、和泉先輩のことは……」
「聞きたくない」陸は奈緒の言葉を切り捨てた。「君が彼を愛しているのは知っている。だが、今は僕の妻だ。これ以上、僕を愚弄するな」
奈緒は、涙を拭い、静かに、そして毅然と言い放った。

「愚弄しているのは、あなたの方よ、陸。あなたは、私の気持ちも、彼の気持ちも、勝手に誤解して、五年間も私を突き放してきた。そして、勝手な独占欲で、この結婚を強行した。あなたが、真実を知る時が来たわ」

奈緒は、昨日和泉から聞いた言葉を、陸に伝えることを決意した。この拗れに拗れた関係を解きほぐすには、もう、真実をぶつけるしかない。陸の冷たさの理由が、愛ではなく誤解だったと知った今、奈緒の心は、怒りよりも、深い切なさで満たされていた。
< 12 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop