焦がれ、凍てつく蜜月〜拗らせ御曹司と冷遇された社長令嬢の政略結婚〜

第十五章:初めてのキス、和解の兆し

陸の唇が、奈緒の唇から離れた。互いの呼吸が、乱れたまま熱く絡み合う。
陸は、奈緒の顔を両手で包んだまま、深く、長い謝罪の息を吐き出した。彼の瞳は、もはや氷ではなく、慚愧の念に焼かれたように潤んでいた。

「ごめん、奈緒。君を傷つけ続けた僕に、こんなことをする資格はない。だが、君の気持ちを知って、もう、これ以上、自分を偽ることはできなかった」

奈緒は、彼の真摯な謝罪に、胸の奥が震えるのを感じた。五年間、彼に嫌われていると思い込み、絶望と諦めの中で生きてきた。しかし今、その冷たい態度の裏に、これほどの切実な愛が隠されていたことを知った。

「……私も、ごめんなさい」奈緒は囁いた。「あなたに嫌われていると思い込んで、愛のない結婚を断固拒否しようとした。でも、本当は、ずっとあなたのことが好きだった」

奈緒の言葉は、陸にとって最大の救いだった。彼は、奈緒の額にそっと額を重ね、目を閉じた。
「ああ、奈緒。君を失うことが、何よりも怖かった。僕の勝手な誤解が、君の想いをここまで拗らせた。本当に、愚かだった」

彼は、奈緒の細い体を、壊れ物に触れるように優しく抱きしめた。その抱擁は、形式や契約とは無縁の、本物の夫婦としての温もりを持っていた。
(これが、陸の本当の温かさ……)

奈緒は、彼の逞しい背中に手を回し、しっかりと抱きしめ返した。冷たい新居で交わされた偽りの契約は、この瞬間、完全に破棄された。
陸は、抱擁を解き、奈緒の頬に触れた。

「今から、すべてやり直させてほしい。君への冷たい態度は、もう二度と取らない。君の隣で、愛する夫として、君を幸せにしたい」
奈緒の心には、まだ美咲の影が残っていた。しかし、陸の瞳に映るのは、今は奈緒だけだった。

「美咲さんのことは……」奈緒は躊躇いながら尋ねた。
陸は目を閉じた。「美咲は、君が僕を愛していないと信じていたから、僕の孤独を埋めるためのビジネス上のパートナーでいてくれた。彼女との関係を清算する。君を不安にさせるものは、すべて排除する」

彼の決意に、奈緒は静かに頷いた。
「わかったわ。私も、あなたを信じる」
陸は、奈緒の指に嵌められた婚約指輪に口づけ、再び奈緒にキスをした。

今度のキスは、先ほどのような切実な激情ではなく、和解と誓いの、優しく甘いものだった。彼は、奈緒の唇を慈しむように味わい、五年間、抑圧してきた愛を、少しずつ奈緒に注ぎ込んでいく。

奈緒は、このキスによって、長年の心の痛みが癒やされていくのを感じた。冷たかった政略結婚は、ここにきて、愛に満ちた蜜月へと転じ始めた。

車は、新居の前に静かに停車した。奈緒と陸は、車を降り、夜空の下で手を取り合った。その手は、冷たい契約を交わした時の形式的な手ではなく、愛し合う者同士の、確かな温かさを持っていた。

(これが、私たちが選んだ、愛の形)
奈緒は、陸の横顔を見上げた。彼の瞳には、もう迷いも冷たさもない。あるのは、奈緒への深い愛情と贖罪の決意だけだった。

二人は、偽りの夫婦として始まったあの冷たい新居の扉を、今度は愛し合う夫婦として、共に開けた。
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