焦がれ、凍てつく蜜月〜拗らせ御曹司と冷遇された社長令嬢の政略結婚〜

第十六章:夫婦の距離、縮まる心

あの告白とキスから、奈緒と陸の新婚生活は劇的に変化した。冷たかった新居の空気は一変し、初めて温もりが宿った。
陸は、五年間もの間、自分の勘違いによって奈緒を傷つけた罪の意識に苛まれていた。

その贖罪のように、彼は奈緒に対して信じられないほど優しく、そして過保護になった。
朝、目覚めると隣に陸がいる。形式上の契約は破棄され、二人は自然と一つのベッドで眠るようになっていた。

陸は必ず奈緒が目覚める前にそっと起き上がり、朝食の準備を始める。奈緒がキッチンに顔を出すと、陸は少し照れくさそうに顔を向ける。
「おはよう、奈緒」

その声は、かつての冷たい御曹司のものではない。ただ、奈緒だけを愛する、幼馴染の夫の声だった。
奈緒もまた、陸への長年の想いが報われた喜びを隠せないでいた。彼女は、陸が長年抱えていた誤解の苦しみを知り、彼を責める気持ちよりも、ようやく分かり合えた切なさと愛おしさで満たされていた。

二人の距離は、急速に縮まっていった。
ある日、奈緒が大学時代からの友人とカフェで会う準備をしていると、陸が書斎から出てきた。彼の視線は、奈緒の服装に釘付けになっている。
「その服は、少し露出が多くないか」

陸は、奈緒の肩を軽く覆うカーディガンを指差した。奈緒は驚いた。かつては互いの行動に干渉しないという契約があったが、今の陸は違っていた。
「別に変じゃないわ。普通の格好よ」

「いや、駄目だ。羽織りなさい」陸はすぐに書斎に戻り、薄手のストールを持ってきて、奈緒の首元に巻き付けた。彼の指先が奈緒の肌に触れる。
「陸、どうしたの? そんなに過保護で」奈緒は笑いながら言った。

陸は少し拗ねたように唇を尖らせた。「過保護ではない。僕は、もう二度と、君を誰にも渡したくないんだ。外で他の男が、君に勝手な視線を送るのが嫌だ」

彼の言葉には、奈緒を冷たく突き放していた頃の独占欲が、今度は剥き出しの愛情として表れていた。
「拗らせた御曹司ね」奈緒は微笑んで、陸の頬にキスをした。「私には、あなたしかいないわ」

奈緒の言葉に、陸は深く安堵したような表情を浮かべた。
二人は、仕事の合間を縫って、デートを重ねた。それは、婚約期間に形式的に行ったものではなく、愛し合う二人としての、普通のデートだった。陸は、奈緒の望みをすべて叶えようと努力した。

ある夜、ディナーの後、陸は奈緒の手を握り、真剣な眼差しを向けた。
「奈緒。今、僕たちは愛し合っている。だが、周囲にはまだ政略結婚の体裁が残っている。美咲との件も含め、完全に清算するには、もう少し時間が必要だ」

奈緒は、彼の不安を理解した。美咲との件、そして陸が奈緒を傷つけた事実は、まだ完全に終わっていない。
「わかっているわ。私は、あなたの言葉を信じる。ただ……私だけを見ていてくれれば、それでいい」
「もちろん、君だけだ」

陸は、奈緒の言葉に力を込めて答え、その手を取って強く握りしめた。
愛のない契約から始まった夫婦は、互いの誤解を解き、愛と信頼を基盤とした、本当の夫婦になりつつあった。二人の拗らせた愛は、ようやく、本来あるべき温かい形へと変わり始めたのだ。
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