焦がれ、凍てつく蜜月〜拗らせ御曹司と冷遇された社長令嬢の政略結婚〜

第二章:唐突な、政略結婚

奈緒は、西園寺家の邸宅へ向かう車の中で、重く息を吐いた。今夜は両家揃っての会食。形式的な付き合いの一環で、特に目新しいことはないはずだ。しかし、この数ヶ月、両家の社長同士が水面下で頻繁に接触していたという噂が、奈緒の胸に不吉な予感を抱かせていた。

広大な敷地を擁する西園寺家の屋敷は、いつ見ても冷徹な美しさを保っている。エントランスで出迎えた執事の慇懃な態度も、奈緒の心を落ち着かせることはなかった。
応接室に通されると、すでに西園寺夫妻、奈緒の両親が揃っていた。そして、当然のように西園寺陸もいた。

彼は奈緒が入室しても、僅かに視線を上げるだけで、すぐにグラスの中の琥珀色の液体に目を落とした。その無関心な態度に、奈緒はまた胸の奥が冷えるのを感じる。
「さて、皆揃ったところで、本題に入ろうか」

重々しい沈黙を破ったのは、陸の父、西園寺社長だった。彼の言葉に、室内の空気が一気に張り詰める。奈緒の父、片桐社長は緊張した面持ちで頷いた。
「実はな、奈緒。陸くんと君との婚約が決まった」

奈緒の頭の中が真っ白になった。父の言葉はあまりにも唐突で、現実味がなかった。
(婚約? 私と、陸が?)
「何を、言っているんですか、お父様」
かすれた声で問い返すが、父は申し訳なさそうに視線を逸らした。

「西園寺グループと片桐グループの事業統合を見据えた、政略結婚だ。両社の未来にとって、最良の形だと結論が出た」
「ふざけないで!」
奈緒は思わず立ち上がった。感情を爆発させたのは久しぶりだった。陸に嫌われているという事実を毎日突きつけられながら、どうしてそんな話が出るのか理解できない。
「陸には、美咲さんがいるじゃないですか! 私は……私は陸に嫌われている!」

その瞬間、初めて陸がグラスから顔を上げた。その視線は、いつもの冷たい無関心とは違い、苛立ちと焦燥を含んでいた。しかし、陸は口を開かない。ただ、奈緒の抗議を静かに聞いている。

西園寺社長は淡々と説明を続けた。「美咲嬢も良い相手だが、家柄や事業規模を鑑みて、片桐君が最善だと判断した。陸もこれには同意している」
「同意……?」

奈緒は陸の方を振り向いた。彼の整った顔には、感情の読み取れない仮面が貼り付いている。「陸! 本当なの? 私は、あなたが私を嫌っていることを知ってる。それなのに、どうして」
陸は、奈緒の切実な問いかけに対し、冷酷なまでに低い声で、短く言い放った。

「家が決めたことだ。異論はない」
その一言が、奈緒の心を深く突き刺した。彼の言葉は、奈緒の感情を微塵も考慮していない。ビジネスの道具として、彼女を選んだだけ。嫌いな相手でも、会社の利益のためなら結婚できるという、冷酷な現実を突きつけられた。

奈緒の瞳に涙が滲む。この場で、陸が「奈緒とは結婚できない」と否定してくれたなら、まだ救いがあったのに。
「では、日取りや準備については、追ってご両親と詰めていく」

大人の話し合いは、奈緒の反発を無視して事務的に進められていく。奈緒は、自分の人生が、まるで他人の手によって勝手に進められているような感覚に陥った。

(嫌われているのに、結婚? こんなの、絶対に嫌だ)
奈緒は、この話を断固として拒否する覚悟を固めた。愛のない結婚は、地獄だ。そして、陸もまた、その地獄に付き合わせるのは耐えられない。

両家が解散し、陸と二人きりになった時、奈緒は決意を込めた顔で彼に向き合った。
「陸、私はこの結婚を断るわ。嫌われているのに、形式だけの夫婦なんて絶対に耐えられない」

奈緒の強い意思表示に、陸は急に顔色を変えた。彼の瞳の奥に、一瞬、炎のような激しい感情が揺らめいた。彼は奈緒の腕を掴み、強い力で引き寄せた。
「断る?」

陸の声は低く、脅迫めいていた。
「断るなんて、絶対させない」
その言葉の響きは、冷たい氷のようでありながら、底知れない熱を秘めていた。

奈緒は、その異様な独占欲の理由が理解できず、ただ混乱するしかなかった。嫌っているはずの彼が、なぜ、ここまで頑なに自分との結婚を望むのか。
奈緒は彼の腕の中で、身動きが取れず、ただ震えていた。
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