お嬢様の人生、買わせていただきます

第11話 全部教えて

 馬車に乗っている間、ロレンツォはずっと無言だった。ラウラを見つめる眼差しが冷ややかで、何も言えないまま、屋敷に到着してしまった。

 わたくしがアンドレアと話していたからって、どうしてこんなに怒ってるの?
 どうしてロレンツォは、わたくしが他の男の人と話すのをこんなに嫌がるの?

「お嬢様」

 馬車の扉を開けると、ロレンツォは再びラウラを抱きかかえた。自分で歩けるわ、なんて言える雰囲気ではない。
 そのまま連れていかれたのは、ロレンツォの自室だった。

 どすっ、と勢いよくベッドに下ろされる。ふかふかのマットのおかげで痛くはないし、こんな時でさえ、怪我をしないように気を遣ってくれたのも分かった。

「あの男は、貴方のなんなんです?」
「……前に話した通りよ。ロンバルディ家に出入りしていた商人で、個人的な交流もあったわ」

 ロレンツォの目を見ながら、しっかりと話す。

 正直、どんな対応をするのか正解かは分からない。でも、正解を探すより、ちゃんとロレンツォに向き合いたい。

「今日も、たまたま声をかけられて、話をしていただけ」
「たまたま、ですか」

 ロレンツォが深い溜息を吐く。

「貴女は、俺の物なのに」

 ロレンツォは両手でラウラの頬を包み込んだ。綺麗な手は、思っていたよりもずっと硬い。

「あの男が、どんな目で貴女を見つめていたのか、分かってるんですか」
「……それは」
「あいつは、貴方を俺から奪おうとしていた。俺が間に合わなかったら、あいつが何をしていたか分からない」
「……アンドレアは、そんなことをする人じゃないわ」

 アンドレアを庇うような発言は、火に油を注ぐだけだ。分かっていても、つい口にしてしまった。

 それに実際、アンドレアは、わたくしが嫌がるようなことをする人じゃないわ。

 ちっ、とロレンツォが舌打ちした。彼らしくない動作に驚く。

 ロンバルディ家で働く前のあいつはとんでもない荒くれ者で……という、アンドレアの言葉を思い出した。

 わたくしの前ではいつも優雅で、丁寧な話し方をするけれど……本当のロレンツォは、どんな人なのかしら。

「どうして、あの男を庇うんです? お嬢様は、あの男が好きなんですか」
「そんなこと……!」

 答えるよりも先に、ベッドに押し倒された。手首を強く押さえつけられたら、抵抗することもできない。
 ロレンツォ、と名前を呼ぶよりも先に、荒々しく口づけられた。息もできないまま、口内を舌で蹂躙される。

 なにこれ、頭がくらくらする……!

「お嬢様」

 唇が離れると、ロレンツォにそっと頭を撫でられた。
 甘い囁きが、いつもとは違って聞こえてしまう。

「言ったでしょう。身も心も、俺の物だって」
「……ロレンツォ」
「あの男とキスをしたことは?」
「……ないわ」
「なら、他の男とは?」
「……ないわよ」

 ラウラが答えると、ロレンツォはラウラの手首をより強く握った。身じろぎすらできなくなって、ただひたすらにロレンツォを見つめる。

「抵抗できないでしょう? だから、他の男を近づけたくないんですよ」

 さらに強く手首を握られる。あまりの痛みに、顔を顰めてしまう。

 ロレンツォの言う通りだわ。わたくしは非力で、きっとこんな風に押さえつけられたら、逃げ出すことなんてできないもの。

「貴女が他の男に触られたらと思うと、気が狂いそうになる」

 もう一度、ロレンツォの顔が近づいてくる。

「貴女は俺の物だって、貴方にも、他の奴にも、ちゃんと伝えないと」

 二度目のキスはなく、代わりに、首筋を噛まれた。鋭い痛みに、思わず目を閉じてしまう。
 いつものロレンツォとは、全然違う。
 獲物を捕食する獣のように鋭い眼差しも、普段より低い声も、初めて見るものだ。

「ロレンツォ」

 なんとか放った声は、情けないことに震えている。
 しかし、ちゃんとロレンツォの耳には届いた。

 正直、怖い。
 だけど……。

「好きにして」
「……は?」
「わたくしは貴方の物なんでしょ」

 あまりにも声が震えていたから、強がっているようにしか聞こえなかったかもしれない。
 だが、紛れもない本音だ。

「貴方のこと、受け止めたいの」

 恐怖よりも、ロレンツォのことを知りたいという気持ちが強い。

「それにね、ロレンツォ」

 軽く息を吸う。少しだけ心が落ち着いてきて、冷静になれた。

「わたくし、貴方が相手じゃなかったら、泣き叫んで嫌がってるわ」

 ロレンツォの言う通り、非力なラウラではちゃんと抵抗できないかもしれない。けれど黙って従っているのは、相手がロレンツォだからだ。

「……俺が怖くないんですか?」
「貴方は、わたくしを救ってくれたもの」

 地獄のような生活から救い出してくれたのはロレンツォだ。
 そしてロレンツォは、本当にたくさんのものをくれた。

「だから……貴方の気持ち、全部教えて」
「お嬢様……」

 ロレンツォがラウラの手首を離し、ラウラの上からどいた。

「ねえ、ロレンツォ」

 ゆっくりと起き上がり、俯いてしまったロレンツォの顔を覗き込む。
 ロレンツォは、傷ついたような顔をしていた。
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