お嬢様の人生、買わせていただきます

第17話 一生の宝物

「ロレンツォ、どうかしら?」

 ロレンツォの前で、ドレスを見せびらかすように一回転する。しばらく無言で眺めた後、ロレンツォは綺麗です、と褒めてくれた。

「……やはり、フラヴィア殿に依頼してよかった。フラヴィア殿」
「はい、なんでしょう?」

 笑顔のフラヴィアが一歩前に進み出る。

「あと10着、ラウラお嬢様にドレスを仕立ててください」
「かしこまりました!」

 ちょっと、とロレンツォの腕を軽く引く。
 1着仕立てるだけでもかなりの額だろうに、あと10着も作るだなんて。

「……さすがに、高いんじゃないかしら」
「何度も言っているでしょう。お金には困っていないと」
「それは、そうだけど」
「それより、早く行きましょう。今日はいい店を予約してるんです」

 ロレンツォに腕を引かれ、馬車に連れ込まれる。慌ててフラヴィアに手を振ると、満面の笑みで手を振り返してくれた。

 新しい注文が入ったのが、きっとすごく嬉しいのね。

 服を仕立てる場合、依頼人が細かく注文をつけてくることも多いし、予算が限られていることがほとんどだ。
 しかし、ロレンツォの依頼は違う。フラヴィアからすれば、好きなように服を作れる貴重な機会なのだという。

「ラウラお嬢様、本当にお似合いです。海の女神だって、お嬢様を見れば陸に逃げ出しますよ」
「……さすがに言い過ぎじゃないかしら」
「いえ。お嬢様は、この世界で一番綺麗です」

 照れくさいが、褒められて嫌な気はしない。それに、今日のロレンツォはすごく機嫌がよさそうだ。

 もしかして、わたくしが新しいドレスを着ているから?
 それとも、これから二人で食事に行くから?

 どちらが原因だとしても、すごく嬉しい。

「ねえ、ロレンツォ。今日は、どんな店を予約してくれたの?」
「内緒です」

 そう言ってロレンツォは、悪戯好きな子供のような笑みを浮かべた。





「ここです」

 ロレンツォが案内してくれたのは、船の前だった。

「……え? えーっと、わたくしたち、レストランへ行くんじゃなかったの?」
「この船がレストランなんです」

 ロレンツォの言っていることが上手く理解できず、何度も瞬きを繰り返す。
 何度見てもやはり、船は船だ。

「……この船の中に、レストランがあるの……?」
「いえ。中じゃなくて、上です。ここは、船上レストランなんですよ」
「船上レストラン……!?」

 船上って……船の上ってことよね。船の上で、ご飯が食べられるってこと!?
 っていうかわたくし、船に乗ったことだって、一度もないのに!

「ロ、ロレンツォ、ほ、本当に? 本当にわたくし、船に乗れるの……!?」

 港から船を眺めたことはあっても、実際に乗ったことなんて一度もない。
 この船はどこまで行くのだろう? なんて思いながら見ていても、途中で姿が見えなくなってしまう。
 ラウラにとって船は憧れの存在であり、未知の存在でもあった。
 そんな船に、自分が乗れるだなんて。

「お嬢様が、ここまで喜んでくれるとは」
「だって、ずっと乗ってみたかったんだもの!」
「だと思いました」

 ふふ、と唇の端だけを上げてロレンツォが微笑む。大人っぽいその笑顔に、心臓が高鳴った。

 船に乗れることは、本当にすごく嬉しい。
 でも、それだけじゃなくて……ロレンツォがわたくしのために船上レストランを選んでくれたことが、泣きそうなくらい嬉しいの。

「行きましょう、お嬢様」





 船の上に、テーブルと椅子が設置されている。そしてもちろん、どこまでも続く海が見えた。

 海って、なんて大きいの……!

「お嬢様。そんなに身を乗り出すと危険ですよ」

 そっと腕を引かれる。ロレンツォは、子供を見るような顔をしていた。

「お嬢様は泳げないでしょう」
「泳ぐ……なんて、考えたこともないわ」
「では、温かい時期になったら、どこかの海へ行きましょうか。ここでは、海水浴を禁止していますからね」

 さらりと、先の約束をしてくれるのが嬉しい。

 ロレンツォは、これからも一緒にいてくれるつもりなのね。

「お嬢様。そろそろ、船が動きますよ」
「……えっ、動くの!?」

 てっきり、港に停泊している船の上で食事をとるのだと思っていた。
 だが、どうやら違ったらしい。

「はい。さすがに異国まではいけませんが、食事中、このあたりの海をぐるっと回ってきます。もしかしたら、少し酔ってしまうかもしれませんが」
「そんなの、全然構わないわ! むしろ、船酔いならしてみたいくらいだもの!」

 話には聞いたことがあるが、船酔いなんてしたことがない。実際はどんな感じなのか、少し気になるくらいだ。

「お嬢様は本当に、海がお好きなんですね」
「ええ。だってこの先にいろんな国があるんだと思うと、わくわくするもの」

 今ラウラが着ているドレスの生地だって、海を渡ってやってきたものだ。
 海の先にも街があって、人が暮らしていて、プリマヴェーラの商人たちと商いをしている。
 遠く離れた地でも、同じような営みが行われている。

 なんだか、それってとても……素晴らしいことのような気がするの。

「お嬢様」
「なに?」
「他の客が一人もいないことには、気づいていましたか?」
「あっ……言われてみれば、そうだわ」

 席とテーブルはいくつも用意されているのに、他の客は一人もいない。
 まだ、出発まで時間があるのだろうか。

「今日、この船を貸し切ったんです」
「えっ!?」
「お嬢様のこんなに可愛い様子を、他人に見せたくなかったので」
「……ロレンツォ」

 華やかなドレスで着飾らせておいて、他の人に見られたくないと言う。
 たぶん、世間一般からすれば、ロレンツォは面倒な男だろう。

「……わたくしも、ロレンツォにだけ見てもらえればいいわ」

 こんなことを言ったと知られたら、フラヴィアに怒られてしまうかもしれない。

 無言で見つめ合う。その時、船がゆっくりと動き出した。
 バランスを崩したラウラを、とっさにロレンツォが抱き寄せる。

「お嬢様。覚えていてください」
「なにを?」
「貴女と初めて船に乗ったのは、私だということを」
「……ええ。忘れないわ、きっと一生」

 憧れの船に、ロレンツォがつれてきてくれた。
 今日はきっと、一生の宝物になる。
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