お嬢様の人生、買わせていただきます

第26話 プリマヴェーラで

「大繁盛だという噂を聞きましたよ、お嬢様」

 背後からロレンツォの声がして、慌てて振り向く。
 そこには、黒いマントを羽織ったロレンツォが立っていた。

「ロレンツォ!」
「遅くなって申し訳ありません。もう、仕事は終わりましたから」

 にっこりとロレンツォが笑う。すると、尖った牙が見えた。
 彼の仮装テーマは吸血鬼なのだ。
 異国の客を相手にする彼は、プリマヴェーラにちなんだ仮装ではなく、世界的に有名な仮装を選んだのである。

 それにしてもロレンツォって、やたらと吸血鬼の仮装が似合うわね。

「これが売れたら、ありがたいことに完売よ」

 商品の売れ行きはかなり好調で、いろんな人が商品を買ってくれた。
 おかげで、残りの商品は一つだ。
 購入者全員が幸せそうな顔をしていて、そんな顔を見ると、ラウラも幸せな気分になれた。

「まあ、フラヴィアはずいぶん早くに完売したんだけどね」

 ちら、と横を見る。フラヴィアがいたはずのスペースには、今はもう何もない。
 彼女の店は大繁盛で、昼過ぎには全ての商品が売り切れてしまったのだ。

「普段は依頼しない限り、彼女の品は買えないからね」
「そうなの。フラヴィアも楽しかったって言ってたわ」

 来年も参加するわ! とはしゃいでいたフラヴィアを思い出す。まだ来年のことなんて決まっていないのに、当たり前のようにフラヴィアがそう言ったことが嬉しかった。

「お嬢様」
「なに?」
「最後の一つは、私に売ってください。いいですか?」

 そう言って、ロレンツォは最後の商品を指差した。
 最後まで残っていたのは、少し地味なブローチだ。羽をモチーフにした茶色のブローチは上品なものの、色味のせいで印象が薄い。
 色鮮やかな他の商品が選ばれていく中で、最後まで売れ残っていた。

「もちろん。ロレンツォなら、きっと似合うわ」
「いくらです?」
「ロレンツォになら、プレゼントするけど」
「それじゃあ意味がありません。私は、お嬢様から買いたいんです」

 そう言って、ロレンツォは優しく笑った。その言葉に甘えて値段を告げる。
 すぐに料金を支払ったロレンツォは、ブローチを胸元につけた。

 やっぱり似合ってるわ。ロレンツォ自身の顔立ちが華やかだから、シンプルなデザインの方が似合うのかも。

「本当は、お嬢様の最初の客になりたかったんです」

 あーあ、とロレンツォが溜息を吐いた。子供みたいな態度だ。

「でも、私が初めての客では、お嬢様に申し訳ないと思って」
「……どうして?」
「話したこともない人が、自分から商品を買って笑顔になる。なかなかいい経験でしょう?」

 ロレンツォの言う通りだ。確かに彼が最初の客なら、商人としての喜びは少し薄かったのかもしれない。

「祭りは好評です。この調子なら、来年も開催できるでしょう」

 ロレンツォがあたりを見回す。仮装、というテーマを設けたおかげで、かなりカラフルな景色が広がっていた。
 聞こえてくる声は楽しそうな笑声ばかりだ。

「ねえ、ロレンツォ。わたくし、今日、本当に楽しかったわ」
「それはよかったです」
「これも全部、ロレンツォがわたくしを迎えにきてくれたおかげね」
「それを言うなら、迎えにいきたいと思わせたお嬢様自身のおかげですよ」

 くすっと笑って、ロレンツォはラウラの手を握った。赤い瞳が、真っ直ぐにラウラの目を射抜く。

「行きましょう、お嬢様。今からは商人としての時間ではなく、客としての時間です」
「ええ!」

 ロレンツォの手をぎゅっと握り返し、歩き出す。一歩前へ進むごとに、客引きの賑やかな声が聞こえてきた。
 いろんな物が売られていて、中には胡散臭い物もある。けれど人々は、その胡散臭さも含めて楽しんでいるように見えた。

「あ、あれ、なにかしら!」
「どれです?」
「あれよ、あれ!」

 ラウラが指差したのは、棒に刺さったふわふわとした物だ。しかも、なにやら甘い匂いがする。

「綿菓子ですよ」
「綿菓子?」
「ええ。正直なところ、甘いだけでそれほど美味しくはありませんが……食べてみますか?」
「食べてみたいわ!」

 ラウラが頷くと、ロレンツォはすぐに綿菓子を買ってくれた。近くで見るときらきらと輝いている。

 こんなに可愛くて、しかも立ったまま食べられるなんて、売れるはずだわ。

 えいっ、と思いっきりかぶりついてみる。思っていたよりもずっと柔らかかった。
 そして、口の中にくどいほどの甘さが広がる。

「……ちょっと、甘すぎるわね」
「でしょう」
「でも、それが知れてよかったわ」

 きっと普段なら、この食べ物がここまで売れることはないだろう。
 祭りという空気が、綿菓子をより魅力的にしているのだ。

 派手な雑貨が売れたのも、今日がお祭りだからかもしれないわね。

「お嬢様」
「なに? 一口食べる?」
「そうではなく……いえ、一口いただきますが」
「なんだ、食べるんじゃない」

 それほど美味しくない、なんて言っていたわりに、ロレンツォの一口はかなり大きかった。

「来年は、もっといい祭りにしましょう」
「もちろんよ、ロレンツォ!」

 来年だけじゃない。再来年も、その先も。
 ずっと、最高を更新していきたい。
 もっともっとたくさんの人を笑顔にしたい。

 海の向こうのどこかじゃなくて、生まれ育ったここ、プリマヴェーラで。
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