お嬢様の人生、買わせていただきます

第27話  一生、お嬢様は私の物です

 もうすぐ、祭りが終わる。まだ賑やかだけれど、昼過ぎと比べると少し静かになった。
 月の光に照らされて、夜の海が静かに輝いている。

 楽しかった分、終わってしまうのが寂しいわ。

「お嬢様。ちょっときてください」

 強引に手を引かれ、連れていかれた先は船の上だった。先日行った船上レストランの船と比べると小さい。

「ちょうどいい位置に、船を運んでおいたんです」
「ちょうどいい位置?」
「ええ。お嬢様、空を見てください」

 ロレンツォが空を指差す。
 言われた通りに空を見上げた数秒後、パーン! と大きな音がした。

「え……?」

 夜空に、大輪の花が咲いている。何が起こったのか分からなくて、ラウラは目を丸くした。

 なにこれ?
 まるで、星が急に爆発したみたい……!

 暗かった空が、一瞬で鮮やかに染まった。一色だけじゃない。赤、青、緑……様々な光が、空で瞬いている。

「花火です」
「……花火?」
「ええ。火薬を組み合わせて作る物だそうです。私も詳しい仕組みは分からないのですが、東方にある国では祭りの定番だとか」
「そうなんだ……!」

 次々に、大量の花が空で咲いては消えていく。一瞬だって見逃したくなくて、ラウラは乾燥しそうなほど目を見開いた。

「実は私も、見るのは初めてなんです」
「そうなの?」
「はい。なので、上手くいくか少し心配でしたが……よかった」

 しばらく無言のまま、二人で夜空を見上げる。
 一際華やかな花火を最後に、空に静寂が戻った。

「……終わっちゃった」

 楽しかっただけに、終わりが寂しい。

 花火だけじゃなく、祭りも、もう終わりだもの。

「お嬢様」
「なに?」
「質問してもいいですか?」
「いいけれど」
「お嬢様の名前は、なんです?」

 いきなりの質問の意図が全く分からない。いったい、何を聞きたいのだろうか。

「ラウラ、だけど」
「苗字は?」
「……ロンバルディ」
「その苗字、気に入ってます?」
「気に入ってるわけないじゃない」

 ラウラがロンバルディを名乗らなくなったとしても、ラウラの生い立ちはもう多くの人に知られている。
 けれど、ロンバルディの名を背負って生きていきたいとは思わない。

「ではどうでしょう? 私と同じ苗字になるというのは」
「……それって」
「私と結婚してください、お嬢様」

 いつか、ロレンツォの隣に並べるような女性になれたら、自分から言おうと思っていた。それなのに、こんなに早く先を越されてしまうなんて。

「……狡いわよ、ロレンツォ」

 貴方にそんなことを言われたら、わたくしが拒めるはずはないのに。

「ロレンツォに相応しい女性になって、わたくしから言いたかったわ」
「最初からお嬢様は、私にはもったいない人でした」
「そんなことないわよ」

 父も妹もプリマヴェーラから追い出した。
 わたくしは、血の繋がった家族を失った。

 そして、ロレンツォが、本当にわたくしの新しい家族になってくれるのね。

「……ずっと、いつ言おうかと迷っていたんです。そして、今日しかないと思った」
「どうして?」
「今日、お嬢様は生まれ変わったからです。今日からお嬢様は立派な商人になりました」

 愛おしそうに笑って、ロレンツォはラウラの頬に手を伸ばした。
 両手でそっと頬を包まれ、甘い瞳で見つめられる。

「お嬢様。今日から、ラウラ・アスティと名乗ってくれますか?」
「……ええ。貴方は今日から、わたくしの夫だと名乗ってくれる?」
「もちろんです。世界中に宣伝してまわりたいくらいですよ。世界で最も美しい女性の夫だと」
「……言い過ぎよ」
「事実です」

 ロレンツォの顔がゆっくりと近づいてくる。そっと目を閉じると、柔らかい感触が唇に触れた。

「愛しています、ラウラお嬢様。この世のなによりも」
「……わたくしも、愛してるわ」

 ロレンツォが、狭い屋敷からわたくしを連れ出してくれた。
 これからは隣に並んで、共に歩いて、一緒に未来を見て生きたい。

「これからも一生、お嬢様は私の物です」
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