お嬢様の人生、買わせていただきます

第6話 ラウラなりの決意

「ラウラお嬢様、今日は二人で出かけませんか」

 朝食をとっている最中、真正面に座るロレンツォにそう言われた。
 あまりのことに驚いて、スプーンを落としそうになってしまう。

「ロレンツォ、今日、仕事は休みなの!?」

 この屋敷にきてから、約半月。それなりの日数が経過したが、ロレンツォは毎日仕事に出かけている。
 休みの日なんて、今まで一度もなかった。

「ええ。なんとか、今日一日は空けました。お嬢様と出かけたいところがあって」
「ありがとう、ロレンツォ」

 一緒に暮らして、一緒に食事をとるようになった。
 でもまだ、ロレンツォについて知らないことばかりだ。二人で出かければ、もっと彼のことを知れるかもしれない。

 ちゃんとロレンツォのことを知りたい。知って、わたくしが彼に何をできるのかを考えたいもの。





 馬車に乗って、ラウラたちは港にやってきた。港は、プリマヴェーラで最も栄えている場所だ。
 そして、賑やかかつ、ごちゃごちゃとしたところでもある。
 高級店が立ち並ぶ通りがあったかと思えば、地面に商品を並べて販売する商人がいる通りもあるのだ。

「少し歩きますか?」
「ええ」

 ロレンツォの屋敷で暮らすようになってから、何度か港にも足を運んだ。そのたびに、活気あふれる光景にわくわくした。

 本当に素敵な場所……!

「ねえ、ロレンツォ」
「はい」
「ロレンツォは、主にどんな商品を扱っているの?」

 ロレンツォが商人として大成功したことは知っているが、詳しい仕事内容は知らない。ロレンツォもあまり、家では仕事の話をしないからだ。

「宝石や布、それから食材がメインですね」
「……宝石と食材って、すごく離れている気がするのだけれど」
「ええ。ですがどちらも、個人ではなく店を取引相手にするという点では同じですよ。私は異国の人々と直接交渉し、仕入れた物をプリマヴェーラの店に売っているんです」
「そうだったのね」
「はい。私はこんな見た目ですし、異国の方からすれば親しみやすいようですから」

 そう言って、ロレンツォは笑った。その笑みにあまり感情がこもっていないような気がして、少し焦る。

「ロ、ロレンツォは、どうして商人になろうと思ったの?」
「……そうですね。いくつか理由はあります。第一に、お嬢様を迎えに行くためには、お金が必要でしたから」

 真顔でそんなことを言われると、どんな反応をしていいか困ってしまう。

「それに、可能性を信じてみたくなったんです。私でも、なにか大きいことがやれるのではないかと」
「……大きいこと?」
「ええ。漠然としていますがね。でも今、仕事にはやり甲斐を感じていますよ」

 なんだか、羨ましいわ。
 わたくしには、何もないもの。

 屋敷から出られず、こき使われる中で、広い海への憧れを抱いた。でも、それだけだ。
 海の先に何があるのかもよく分からない。やりたいことどころか、好きなことだってよく分からない。

「ロレンツォはすごいわね」
「……お嬢様?」
「だって自分の力で、新しいことを始めて、しかも成功しているんだもの」

 使用人としてロレンツォを雇った時、アリアンナが言っていた。
 働き口がない異国風の男を雇えば、他人を差別することがないおおらかな人物として周りに評価されるだろう、と。
 そして、安く雇えるだろう、とも。

 ロレンツォは、初めから恵まれた環境にいたわけじゃない。
 でも、わたくしと違って、ロレンツォは自分の力でここまで成長したんだわ。

「わたくしなんて……」
「ただ、お嬢様よりちょっと、長く生きているだけですよ」
「……そういえば、ロレンツォって何歳なの?」
「25歳です。お嬢様より7歳上ですね。7年もあれば、お嬢様だって、いろんなことができますよ」

 7年先の自分を想像しようとしても、上手くいかない。それどころか、1年後の未来でさえ曖昧だ。

 ロレンツォのおかげで、最悪な状況から抜け出せた。
 でもきっと、ここからは、自分で動き出さなきゃいけないんだわ。

「それに私も、全力でお嬢様を応援しますから」
「ロレンツォ……」
「お嬢様の邪魔をする人も、全力で排除しますしね」

 はは、と冗談っぽくロレンツォが笑ったが、全く冗談な気がしない。

 穏やかに会話を楽しみつつ、通りに並ぶ店を見ながら歩く。いくらでも買っていいと言われても、際限なくねだれるような性格はしていない。

「……これ」

 ふと目に留まったのは、通りの端にあった屋台だ。どうやら異国から取り寄せた文房具類を販売しているらしい。

「なにか気に入った物でもありましたか?」
「……この日記が、すごく綺麗で」

 まるで、一冊の本みたいだ。表紙には夜明けの海が描かれている。少し古びた質感も魅力的に見えた。

「もっと質がいい物もありますよ」

 ちら、とロレンツォは他の店へ視線を向けた。

「ありがとう。でも、これがいいの。……だめかしら?」
「お嬢様が望むのであれば」

 懐から銀貨を数枚取り出し、ロレンツォが日記を買ってくれた。
 胸に抱くだけで、なんだかわくわくしてくる。

 今まで、日記をつけようなんて思ったことはなかった。振り返りたい過去なんて、一日だってなかったから。
 でもきっと……これからは違う。

 振り返って愛おしくなるような、そんな日々を歩んでいける気がする。
 ううん。そんな日々を歩めるように、頑張ろうって思えるの。

 だからこれは、ラウラなりの決意の証だ。
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