ツンデレ当主の生贄花嫁になったら愛されすぎたので私は生贄になりたいんです!
プロローグ

呪われし子の誕生

獣を祖先としその特徴を受け継いだまま人の姿となった「獣筋」と呼ばれる者たちと、超自然的な能力を持たない「人間」が共存していた頃。

西ヨーロッパのドイツ南部とフランス国境近くに位置する広大なシュヴァルツヴァルト(通称・黒い森)の近隣王国のひとつに、人間の国であるケンプテン大公国があった。

その首長であるケンプテン大公と大公妃の間の第一公女として誕生したのが、リーゼ・グライスナーだ。

リーゼの出産は難産だった。

大公妃は三日三晩続いた陣痛で力を使い果たし、あと少しでリーゼが生まれそうな時に気を失ってしまった。

出産に立ち会っていた召使長のマルゴットは、同じく出産の手伝いをしていた召使のベルタに呼びかけた。

「気付薬を早く!」

緊迫した状況の中、怒号にも悲鳴にも近いマルゴットとベルタの大声が飛び交う。

ベルタが大公妃に気付薬を飲ませると大公妃は悲痛な叫び声をあげて覚醒したが、そのあまりの苦痛に耐える姿は壮絶で痛ましかった。

大公妃はなんとかリーゼを出産したが、そのまま力尽きて帰らぬ人となってしまった。

愛妻家で有名なケンプテン大公の愛を一身に受けていた大公妃が亡くなってしまったのだ。

リーゼをその胸に一度も抱くこともなく。

放心状態のマルゴットの血の気は引いた。

部屋の外で待つケンプテン大公に何と伝えればよいのか。

大公妃が亡くなったと知った大公の絶望を考えると、己の命を差し出しても足りないだろう。

その時、生まれてからずっと産声を上げているリーゼの面倒を見ていたベルタが大声を上げた。

「マルゴット様! 公女様の左目を御覧ください!」

マルゴットは目を瞑っているリーゼの顔を覗き込み、時折訪れる目が開く瞬間を待った。

暫く待つとやっとリーゼの目が少し開いた。小さなかわいらしい瞳が見える。

右の瞳は大公妃によく似たアメジストのような美しい紫色だ。

そして左の瞳はというと……黒々とした瞳に妖しく輝く七色の光。

「なんてことなの! これは……これは! ブラックオパールの瞳じゃないの!」
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