甘い香りに引き寄せられて ~正体不明の彼は、会社の××でした~

プロローグ



「ねぇ、今の女の人、すっごく良い匂いがしなかった? 南国のフルーツを思わせるような芳醇な香りに、スパイシーでエキゾチックな甘い香りは……カルダモンかな? あ、分かった! 多分××の香水だ! 着てたワンピースもアジアンテイストですごく素敵だったし、ぴったりな香りだったよね……!」

 休日に六本木ヒルズでショッピングを楽しんでいた白石結香(しらいしゆいか)は、興奮を抑えきれない様子で瞳を輝かせた。嬉々とした声で語っていれば、隣を歩いている幼馴染の若月美樹(わかつきみき)に、あきれ顔で肩を優しく叩かれる。

「ちょっと、結香。ステイステイ。一旦落ち着け」
「あ、ごめん。つい興奮しちゃって……」
「そんなにいい匂いだったの? 私は匂い自体、全然感じなかったけど」
「うん、それはもう!」
「めっちゃ力強く頷くじゃん。ウケる」

 ――そう。結香はとつてもない匂いフェチだった。いい香りにはすぐに反応してしまう。もちろん香水も好きだが、その人が持つ特有の香りについて分析してしまうことも多々あった。

 どこの柔軟剤を使っているのだろうか。この先輩は出社後、いつも珈琲と微かな煙草の香りがするけれど、出社前に喫茶店にでも寄ってきているのだろうか、などなど。
 そんな妄想まで繰り広げてしまう始末だ。

 この匂いフェチのせいで、親しくなったばかりの友人に引かれてしまったこともあるし、彼氏に振られたこともある。
 元彼には「お前、犬かよ」とドン引きした顔を向けられた。結香としては、ただただいい匂いについて語っていただけなのだが。そんな目で見られるのは心外である。

< 1 / 51 >

この作品をシェア

pagetop