甘い香りに引き寄せられて ~正体不明の彼は、会社の××でした~

第一話 気になる香り



 似たようなビルがひしめき合うオフィス街。すっかり見慣れた景色の中を歩き、全面をガラスで覆われた白いビルのエントランスをくぐった。奥の方にある社員用出入り口で、社員証でもあるセキュリティカードをかざせば打刻は完了だ。

 結香が勤めているこの会社は、ここ数年で着々と事業を拡大しているベンチャー企業だ。ヘアケア製品からメイク用品に雑貨類まで、幅広い商品を展開している。
 最近では、オンラインでの診断を通じて個々の髪質や肌質などの悩みに合わせたオーダーメイドの商品の開発もおこなっているし、国内外の著名なアパレルブランドとの共同開発も進んでいるらしい。

 結香は、元々は香水販売の仕事をしたいと考えていた。けれど、希望していた会社からの内定はもらえなかった。
 色々と悩んだ結果、最終的にはこの会社に就職を決めたのだが、アパレル関係の仕事にも興味があった結香としては、ここでの仕事にとても満足していた。

(あ、あの人だ)

 エレベーターを待っていれば、後ろから見知った顔が近づいてきていることに気づいた。二週間ほど前から社内で時々見かけることのある、黒髪垂れ目のイケメンだ。

 結香は商品開発部に所属しているが、彼がどの部署にいる人なのかは知らない。何となくの予想だが、雰囲気的には営業部か、外商部あたりではないかと踏んでいる。
 ひと目で高級だと分かるスリーピースのスーツを着こなしているその姿からは、しごできオーラが漂っているから。

 けれど、こんなにも整った顔立ちをした社員が新たに配属されたとなれば、部署が異なろうともその噂は瞬く間に広がってきそうなものだ。しかし今のところ、そんな話は一切耳にしていない。

< 4 / 51 >

この作品をシェア

pagetop