不完全な私を愛してくれたのは、年上の彼でした

第1話



──ゴンッ!

市立図書館の静寂を切り裂いたのは、私のスマートフォンが硬いタイルの床に叩きつけられる、重く鈍い衝撃音だった。

蜘蛛の巣状にひび割れた画面。チリン、チリンと転がる、氷の粒のような小さなガラス片。その音に、一斉に注がれる周囲の視線。

28年間守ってきた「非の打ちどころのない私」が、たった45分で崩れ去る。

スマホの画面にヒビが入ったあの瞬間から、カフェで彼の手を握るまで。

わずか45分間で、私の人生は──いや、私自身が変わり始めた。



1時間前──午後1時15分

「藤崎さん、ちょっといいですか」

金曜日の昼、上司の鈴木部長に呼び止められた。週末を前にした緩んだ空気の中で、部長の表情だけが険しかった。

「パティスリー・ルミエールの件だが……クライアントから、担当者変更の要望が出ている」

私の背筋が凍りついた。

「そんな……どうしてですか!?」

「君の提案書は申し分ない。機能面も、デザインも。だが……」

部長が資料を私の前に置いた。そこには、篠塚(しのづか)悠大(ゆうだい)さんからのフィードバックが書かれていた。

『藤崎様の提案は、確かに優れています。しかし、私たちが求めているのは「完璧なサイト」ではありません。店の温かさ、職人の心、60年の歴史。そういった目に見えないものを伝えられるサイトを作りたいのです。現在の提案からは、それが感じられません』

胸に、何かが突き刺さった。

「このままだと、契約解除もあり得る。月曜日までに、修正案を提出してください」

「はい……」

デスクに戻ると、同期の沙紀(さき)が声をかけてきた。

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