悪女な私は身を引きますので、どうぞお幸せに
六章 なにがあっても離さない
六章 なにがあっても離さない

 楓のもとに招かれざる客がやってきたのは、金曜日の夕刻六時を少し過ぎた頃。
 アポなしの客など追い返してもよかったのだが、楓は応じることにした。

(ちょうどいい。例の件を確認しておこう)

 応接室の重みのある扉を開けると、ダークブラウンの革張りソファに座っていた客――萩田愛奈がサッと立ちあがって楓を迎えた。

「お忙しいところ、急に押しかけてすみません。でも、どうしても楓さんに会いたくて」

 甲高くて甘ったるい。彼女は楓のもっとも苦手な声質の持ち主だ。が、感じた不快感を決して表には出さないよう、楓は感情のスイッチをオフにしてビジネススマイルを浮かべた。

「いえ、構いません。こちらも……会いたいなと思っていたところなので」
「えっ?」

 彼女の顔が嬉々として輝く。

「ひとつ質問があるんです。どうぞ、そちらに座ってください」

 自分も彼女の対面に座り、スタッフが運んできてくれたお茶をひと口飲む。愛奈が待ちきれないといった様子で口を開く。

「私にお話って、なんでしょうか?」
「KAMUROのKマシェリブランド、立ちあげ当時のことです」
「……Kマシェリの?」

 なんだ、仕事の話か。とでも言いたげに、彼女は眉をひそめた。

「えぇ。ブランドの創設は……俺と志桜の婚約と同時期だったから五年ほど前でしたよね。立ちあげの計画はいつ頃から進んでいたのですか?」
「どうしてそんなことを?」
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