蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない

プロローグ

 大理石の床の上、祭壇に向かって伸びる赤い絨毯。
 天井の高い位置にあるステンドグラスはまばゆい春の日差しを受けて、色彩豊かな光を落としている。
 この世の全てが祝福に満たされているような光景の中、新郎新婦は、永遠の愛を誓うために祭壇へと向かう。
 
 歴史ある白石商事(しらいししょうじ)の一人娘と、大手ゼネコン白井建設(しらいしけんせつ)の次男との挙式は、まるでおとぎ話の締めくくりにでもなりそうな光景だ。

(だとしたら私は、どんな役回りなんだろう?)

 参列者のひとりとして、新郎新婦を見守る白石(しらいし)玲奈(れいな)は、周囲の祝福を受けるふたりの姿を不思議な思いで眺めていた。
 こちらに興味本位な眼差しを向けてくる人たちに、玲奈はどんな役回りを当てはめているのだろうか。
 頭の片隅でそんなことを考えている間も、本来なら花嫁としてあの場所を歩くのは自分だったという実感が、玲奈には湧かない。

「この役立たずが」

 玲奈を睨み、憎々しげに吐き捨てるのは玲奈の父である白石幸平(しらいしこうへい)だ。その隣では、母である白石花乃(しらいしかの)も、玲奈に憎しみのこもった眼差しを向けている。

「本家の鼻を明かせると思っていたから、大事に育ててやったのに、親にこんな恥をかかされるなんてっ! ほんとに役立たずな娘」

「お前のことを、周囲は陰で〝落第花嫁〟と呼んでるぞ。みっともない」

 花婿を横取りされたばかりの娘に投げかけるには辛辣過ぎる言葉が続くけど、玲奈は、それらを無感情に聞き流す。

(お父さんもお母さんも、私の気持ちなんてどうでもいいのよね)

 それは玲奈にとって幼い頃から、わかっていたことだ。だから、今さら傷付く価値もない。
 ただ〝落第花嫁〟なんて不名誉な烙印を押された今、玲奈に家庭での居場所があるのだろうかと思うと、さすがに気持ちが沈む。
 今年の七月で二十五歳になる大人なのだから、家を出てしまえば解決する話なのかもしれないが、玲奈は仕事も給料も親に管理されている。
 しかもその仕事は、結婚に向けて退職を余儀なくさせられたので、今の玲奈は無職だ。
 仕事も蓄えもない。そんな八方塞がりの状態の玲奈に、鷹條(たかじょう)悠眞(ゆうま)は手を差し伸べてくれた。
 名字に〝鷹〟の字がつく彼は、空を愛していたし、狙った獲物を逃さない猛禽類らしい狡猾さも持ち合わせている男性だった。
 そんな彼は、初対面の玲奈に手を差し伸べてこう言ったのだ。

「行く場所がないなら、とりあえず一年という期間限定で、俺とお試し婚をしてみないか? それで気が向けば、そのまま俺と夫婦に
なるというのはどうだ?」

 無愛想で人を寄せ付けない雰囲気の彼は、さも名案といった感じで、初対面の玲奈にそんなプロポーズをした。
 面倒だが、家族との約束を果たすために結婚する必要があるとプロポーズの理由を話す彼が、玲奈に一ミリの愛情も持ち合わせていないのは明白だ。
 それは玲奈も同じで、差し出された彼の手を取ったのは、生きるための選択でしかなかった。
 だからこの出会いが、玲奈の人生を激変させる運命の恋の始まりと気付いたのは、随分後になってから。
 人を愛すること、愛する人と共に過ごす時間の尊さを、玲奈は悠眞に教わった。
 気が付けば、この人なしでは生きていけないと思うほど、彼を愛するようになっていた。
 でもだからこそ、一年後、玲奈は彼との別れを選ぶことになるのだけど。
< 1 / 45 >

この作品をシェア

pagetop