蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
1章・落第花嫁に降る桜
三月初日、白石運輸の秘書室で白石玲奈は、自分のデスクを片づけていた。
「玲奈さん、それ捨てちゃうんですか?」
その声に、玲奈は作業の手を止めた。
声の主は、玲奈の後任として社長秘書を務めることになっている坂上結菜だ。玲奈の父が社長を務めているため、社員は玲奈のことを名前で呼ぶ。
結菜の視線を辿れば、玲奈が手にしている手のひらサイズの白くまのぬいぐるみに向けられている。
退職が決まった玲奈は、持ち帰る物と不要品として処分する物を二つの箱に振り分けていた。
今まさに不要品の箱に入れようとしていたそれは、中身が綿ではなくビーズで、ほどよい重量感と安定感がある。白くまがうつ伏せに寝ているような形状で、パソコン作業の際、手首を載せたり、スマートフォンを立てかけておいたりと、かなり重宝していた。
まだ新品だし、見た目も可愛らしくて気に入っていたのだけど……。
「新居には持って行けないし、実家もね、母がこういうものを嫌うから」
玲奈の母である花乃は、ファンシーな雑貨を『安っぽい』と言って嫌う。
だから捨てるしかないと思っていたのだけど、そう言われるとなんだかぬいぐるみが可哀想に思えてくる。
「捨てちゃうなら、私がもらってもいいですか?」
玲奈がぬいぐるみを撫でていると、結菜が聞く。
「え、もらってくれるの?」
驚く玲奈に、結菜は屈託のない笑顔で返す。
「前からその子、可愛いと思っていたんです。玲奈さんが辞めたら、会えなくなるから寂しいなって思ってたんですよ」
その言い方を聞けば、この子を可愛がってもらえるのだとわかる。
「もらってくれてありがとう」
「すみません。本当は私の方から、玲奈さんに結婚のお祝いをプレゼントしなきゃいけないのに」
玲奈からぬいぐるみを受け取った結菜は、それを撫でながら言う。
その言葉に、玲奈は曖昧に笑う。
「断ったのは私の方なんだから、気にしないで。それに私の退職が急に決まって、坂上さんには色々迷惑かけちゃって……」
ごめんなさいと、眉尻を下げる玲奈に、結菜はぬいぐるみの小さな右手を左右に振りながら笑う。
「玲奈さんは、この白石運輸の社長の令嬢で、ここで働いていたのは結婚が決まるまでって、最初から決まっていたんですから」
(最初から決まっていた……)
その何気ない一言が、玲奈の心に重くのしかかる。
玲奈の家は、大正時代から続く白石商事という総合商社の親族にあたり、その縁で、玲奈の父はこの白石運輸の社長を任されている。そのひとり娘である玲奈は、結婚までの期間限定で社長秘書を務めていたのだ。
そして玲奈は、大手ゼネコン会社・早瀬建設の次男である早瀬晃との結婚が決まり、退職する流れとなった。
周囲はそれを当然と思っているが、この縁談に玲奈の意向は全く反映されていない。
相手は、日本屈指のゼネコン会社の御曹司。
しかもかなりのイケメンな上に、玲奈がひとり娘ということで婿養子になってくれるという。
家柄を考えてもかなりの良縁と、両親は大喜びしているが、玲奈は、華やかな分軽薄そうな彼に好感を持てずにいる。
正直、彼とこの先の人生を共にすることに不安しかない。
でもそれを結菜相手に嘆いても仕方ないので、玲奈は感情を言葉にすることなく、自分が使っていたデスクの片付けを続けた。
「玲奈さん、それ捨てちゃうんですか?」
その声に、玲奈は作業の手を止めた。
声の主は、玲奈の後任として社長秘書を務めることになっている坂上結菜だ。玲奈の父が社長を務めているため、社員は玲奈のことを名前で呼ぶ。
結菜の視線を辿れば、玲奈が手にしている手のひらサイズの白くまのぬいぐるみに向けられている。
退職が決まった玲奈は、持ち帰る物と不要品として処分する物を二つの箱に振り分けていた。
今まさに不要品の箱に入れようとしていたそれは、中身が綿ではなくビーズで、ほどよい重量感と安定感がある。白くまがうつ伏せに寝ているような形状で、パソコン作業の際、手首を載せたり、スマートフォンを立てかけておいたりと、かなり重宝していた。
まだ新品だし、見た目も可愛らしくて気に入っていたのだけど……。
「新居には持って行けないし、実家もね、母がこういうものを嫌うから」
玲奈の母である花乃は、ファンシーな雑貨を『安っぽい』と言って嫌う。
だから捨てるしかないと思っていたのだけど、そう言われるとなんだかぬいぐるみが可哀想に思えてくる。
「捨てちゃうなら、私がもらってもいいですか?」
玲奈がぬいぐるみを撫でていると、結菜が聞く。
「え、もらってくれるの?」
驚く玲奈に、結菜は屈託のない笑顔で返す。
「前からその子、可愛いと思っていたんです。玲奈さんが辞めたら、会えなくなるから寂しいなって思ってたんですよ」
その言い方を聞けば、この子を可愛がってもらえるのだとわかる。
「もらってくれてありがとう」
「すみません。本当は私の方から、玲奈さんに結婚のお祝いをプレゼントしなきゃいけないのに」
玲奈からぬいぐるみを受け取った結菜は、それを撫でながら言う。
その言葉に、玲奈は曖昧に笑う。
「断ったのは私の方なんだから、気にしないで。それに私の退職が急に決まって、坂上さんには色々迷惑かけちゃって……」
ごめんなさいと、眉尻を下げる玲奈に、結菜はぬいぐるみの小さな右手を左右に振りながら笑う。
「玲奈さんは、この白石運輸の社長の令嬢で、ここで働いていたのは結婚が決まるまでって、最初から決まっていたんですから」
(最初から決まっていた……)
その何気ない一言が、玲奈の心に重くのしかかる。
玲奈の家は、大正時代から続く白石商事という総合商社の親族にあたり、その縁で、玲奈の父はこの白石運輸の社長を任されている。そのひとり娘である玲奈は、結婚までの期間限定で社長秘書を務めていたのだ。
そして玲奈は、大手ゼネコン会社・早瀬建設の次男である早瀬晃との結婚が決まり、退職する流れとなった。
周囲はそれを当然と思っているが、この縁談に玲奈の意向は全く反映されていない。
相手は、日本屈指のゼネコン会社の御曹司。
しかもかなりのイケメンな上に、玲奈がひとり娘ということで婿養子になってくれるという。
家柄を考えてもかなりの良縁と、両親は大喜びしているが、玲奈は、華やかな分軽薄そうな彼に好感を持てずにいる。
正直、彼とこの先の人生を共にすることに不安しかない。
でもそれを結菜相手に嘆いても仕方ないので、玲奈は感情を言葉にすることなく、自分が使っていたデスクの片付けを続けた。