蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
9章・君を守るために
バウムクローネのロビーの片隅にあるフリースペースでノートパソコンを広げて資料の確認をしていた悠眞は、車のタイヤが砂利を踏む音に視線を向けた。
見ると、玲奈がバウムクローネの車に乗って出かけていくところが見えた。
(保育園のお迎えだろうか?)
玲奈が運転する車を見送った悠眞が、パソコンで時刻を確認すると十四時前。
今年の冬に三歳になるという双子は、現在慣らし保育の途中ということで、徐々に迎えに行く時間を遅くしているのだという。
本当は十五時のお迎えのところを、その時間帯だとバウムクローネが忙しくなるため、他の子より一時間早く迎えに行っているそうだ。
悠眞がバウムクローネに滞在するようになって、五日が過ぎている。
最初、玲奈には頑ななまでの拒絶の姿勢を示されたが、そんなことで諦められるわけがない。
だからあの日、ホテルに帰った悠眞は、バウムクローネに電話をかけ、電話に出た梢に真摯に自分の思いを告げた。
最初こそ玲奈はここにはいないと、言いはっていた梢だったが、それでもその日のうちに悠眞と会う時間を作ってくれた。
そこで悠眞は、自分の素性やふたりの行き違いの経緯、自分がどんな思いで渡米時期を早めたのかといった思いを伝えた。
子供たちの存在を知ったのはつい数日前だが、その件に関係なく、事業が軌道に乗れば玲奈を迎えに行くつもりでいたとも真摯に話した。
それを聞いた梢は、客として滞在することを許してくれた。
ただその条件として、この先をどうするかの判断は、玲奈に任せること、自分からは双子に父親であることを明かさないことを、約束させられたがそれで問題ない。
もとから悠眞は、玲奈の思いを最優先するつもりでいたし、これまでなにもしてこなかったのに、一方的に双子の父親を名乗る権利はないのだから。
それがわかっているから、双子にはなにも言わず、ただの旅行客として接している。
食事時、ダイニングルームが開くまでの時間、キッズコーナーで遊ぶふたりの相手をしたり、フリースペースで過ごしている時に向こうから話しかけられればそれに答えたりする程度に留めている。
本当なら時間の許す限り双子の遊び相手をしてやりたいし、まだ手がかかるであろうふたりの日常的な世話を手伝いたいので、その距離感がもどかしい。
ただそれでも、そうやって相手をすることで、わかったことはたくさんある。
双子は冬生まれで、男の子の名前は〝優聖〟で、女の子の名前は〝鈴桜〟。冬生まれの子供の名前に〝桜〟の漢字を使っているのを知って、玲奈がふたりの出会いの切っ掛けともいえる桜を特別な花と思っていてくれているのだとわかってうれしかった。
そして性格の方はといえば、鈴桜の方が活発で社交的、優聖は慎重で引っ込み思案といった感じだ。
そういった性格の違いからか、初対面のことが尾を引いているからか、鈴桜と違って優聖は、未だに悠眞を警戒して距離を取っていている。
悠眞としてはもちろん優聖とも仲良くなりたいが、それを急ぐつもりはない。
「あら、やだっ」
梢のそんな声が聞こえてきたかと思ったら、彼女はそのまま一度外に出て行き、すぐに戻ってきた。
「どうかしましたか?」
「あの子、スマホを忘れていったみたいなの。お使いも頼んであったんだけど、買って来るもの、スマホにメモしてたのに」
ついでに言えば、支払いもスマホ決済を使用することが多いのだという。
「なら俺が届けてきましょうか?」
保育園の場所は知らないが、ナビに入力すれば問題ない。
バウムクローネに滞在すると決めた時、一度都内に戻って、兄の車を借りてきた。
「でも、鷹條さん仕事していたんじゃ?」
梢は、悠眞が広げていたノートパソコンに目をやる。
日本に滞在している間好きにさせてほしいとは言ったが、さすがに全てを放棄するわけにはいかず、必要最低限の仕事はこちらで確認して指示を出している。
だがそれも、玲奈より優先するほどのことではない。
「仕事は、戻ってきてからでもできますから」
悠眞はノートパソコンを閉じて、右手を差しだす。
「そう。じゃあ、お願いするわ」
梢はそう言って、悠眞の手に玲奈のスマホを預けた。
「それと、色々とごめんなさい」
ノートパソコンを梢に預けてそのまま出かけようとする悠眞に、梢が謝る。
「車の運転は好きですし、たいしたことじゃないですよ」
「そうじゃなくて、あなたのことを誤解していたから。もっと軽薄な人だと思い込んでいたの」
先日話し合った時に、梢は、玲奈からは『彼と別れた。復縁する気はないし、子供の父親になってもらうつもりはない』としか聞かされていなかったと話した。だから、その後、復縁の努力もせずにすぐに渡米してしまった悠眞を白状な男だと軽蔑していたそうだ。
「俺としては、その誤解が解けてよかったです」
状況的にはそう認識されて仕方ないのだが、玲奈の身近な存在にその誤解をされているのは辛い。
悠眞が屈託なく答えると、梢も表情を和ませる。
「そうよね。玲奈ちゃんが選んだ人なんだから、悪い人のはずがないのにね」
「その言葉だけで十分です」
「悠眞さん、もしもの時はあの子とチビたちを守ってあげてね」
玲奈のスマホを手にバウムクローネ出て行こうとする悠眞の背中に、梢が声をかける。
「もちろんです」
命に変えてでも、三人を守ります。そんな思いを込めて、軽く左胸を叩いて今度こそ出かけた。
見ると、玲奈がバウムクローネの車に乗って出かけていくところが見えた。
(保育園のお迎えだろうか?)
玲奈が運転する車を見送った悠眞が、パソコンで時刻を確認すると十四時前。
今年の冬に三歳になるという双子は、現在慣らし保育の途中ということで、徐々に迎えに行く時間を遅くしているのだという。
本当は十五時のお迎えのところを、その時間帯だとバウムクローネが忙しくなるため、他の子より一時間早く迎えに行っているそうだ。
悠眞がバウムクローネに滞在するようになって、五日が過ぎている。
最初、玲奈には頑ななまでの拒絶の姿勢を示されたが、そんなことで諦められるわけがない。
だからあの日、ホテルに帰った悠眞は、バウムクローネに電話をかけ、電話に出た梢に真摯に自分の思いを告げた。
最初こそ玲奈はここにはいないと、言いはっていた梢だったが、それでもその日のうちに悠眞と会う時間を作ってくれた。
そこで悠眞は、自分の素性やふたりの行き違いの経緯、自分がどんな思いで渡米時期を早めたのかといった思いを伝えた。
子供たちの存在を知ったのはつい数日前だが、その件に関係なく、事業が軌道に乗れば玲奈を迎えに行くつもりでいたとも真摯に話した。
それを聞いた梢は、客として滞在することを許してくれた。
ただその条件として、この先をどうするかの判断は、玲奈に任せること、自分からは双子に父親であることを明かさないことを、約束させられたがそれで問題ない。
もとから悠眞は、玲奈の思いを最優先するつもりでいたし、これまでなにもしてこなかったのに、一方的に双子の父親を名乗る権利はないのだから。
それがわかっているから、双子にはなにも言わず、ただの旅行客として接している。
食事時、ダイニングルームが開くまでの時間、キッズコーナーで遊ぶふたりの相手をしたり、フリースペースで過ごしている時に向こうから話しかけられればそれに答えたりする程度に留めている。
本当なら時間の許す限り双子の遊び相手をしてやりたいし、まだ手がかかるであろうふたりの日常的な世話を手伝いたいので、その距離感がもどかしい。
ただそれでも、そうやって相手をすることで、わかったことはたくさんある。
双子は冬生まれで、男の子の名前は〝優聖〟で、女の子の名前は〝鈴桜〟。冬生まれの子供の名前に〝桜〟の漢字を使っているのを知って、玲奈がふたりの出会いの切っ掛けともいえる桜を特別な花と思っていてくれているのだとわかってうれしかった。
そして性格の方はといえば、鈴桜の方が活発で社交的、優聖は慎重で引っ込み思案といった感じだ。
そういった性格の違いからか、初対面のことが尾を引いているからか、鈴桜と違って優聖は、未だに悠眞を警戒して距離を取っていている。
悠眞としてはもちろん優聖とも仲良くなりたいが、それを急ぐつもりはない。
「あら、やだっ」
梢のそんな声が聞こえてきたかと思ったら、彼女はそのまま一度外に出て行き、すぐに戻ってきた。
「どうかしましたか?」
「あの子、スマホを忘れていったみたいなの。お使いも頼んであったんだけど、買って来るもの、スマホにメモしてたのに」
ついでに言えば、支払いもスマホ決済を使用することが多いのだという。
「なら俺が届けてきましょうか?」
保育園の場所は知らないが、ナビに入力すれば問題ない。
バウムクローネに滞在すると決めた時、一度都内に戻って、兄の車を借りてきた。
「でも、鷹條さん仕事していたんじゃ?」
梢は、悠眞が広げていたノートパソコンに目をやる。
日本に滞在している間好きにさせてほしいとは言ったが、さすがに全てを放棄するわけにはいかず、必要最低限の仕事はこちらで確認して指示を出している。
だがそれも、玲奈より優先するほどのことではない。
「仕事は、戻ってきてからでもできますから」
悠眞はノートパソコンを閉じて、右手を差しだす。
「そう。じゃあ、お願いするわ」
梢はそう言って、悠眞の手に玲奈のスマホを預けた。
「それと、色々とごめんなさい」
ノートパソコンを梢に預けてそのまま出かけようとする悠眞に、梢が謝る。
「車の運転は好きですし、たいしたことじゃないですよ」
「そうじゃなくて、あなたのことを誤解していたから。もっと軽薄な人だと思い込んでいたの」
先日話し合った時に、梢は、玲奈からは『彼と別れた。復縁する気はないし、子供の父親になってもらうつもりはない』としか聞かされていなかったと話した。だから、その後、復縁の努力もせずにすぐに渡米してしまった悠眞を白状な男だと軽蔑していたそうだ。
「俺としては、その誤解が解けてよかったです」
状況的にはそう認識されて仕方ないのだが、玲奈の身近な存在にその誤解をされているのは辛い。
悠眞が屈託なく答えると、梢も表情を和ませる。
「そうよね。玲奈ちゃんが選んだ人なんだから、悪い人のはずがないのにね」
「その言葉だけで十分です」
「悠眞さん、もしもの時はあの子とチビたちを守ってあげてね」
玲奈のスマホを手にバウムクローネ出て行こうとする悠眞の背中に、梢が声をかける。
「もちろんです」
命に変えてでも、三人を守ります。そんな思いを込めて、軽く左胸を叩いて今度こそ出かけた。