妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜

プロローグ

 淡い淡い感情だったから気付かなかった……いや、気付かないフリをしていただけかもしれない。

 だって認めてしまうには私たちは違いすぎるし、そしてお互いのことをほとんど知らなかったから──。

 二人で他愛もない話をして、ささやかなことで笑い合う。そこに流れる優しい時間が好きだった。

 彼のそばにいるだけで心が温かくなる──きっとこれは"恋"だった。

 だけど些細なことで二人の道は別れてしまった……いや、彼を信じられずに逃げ出してしまったのは私の方。もう元に戻すことは出来なかった。

 自分の目に映ったものが事実。だから傷ついたのは私。彼が語りかけてくれた言葉に、自ら耳を塞いだ。

 あれから何年の歳月が過ぎただろう。それでも彼との切なくも甘い記憶が残る夕星(ゆうずつ)時になると胸が苦しくなるのは、未だにあの頃の気持ちを引きずっているのかもしれない。

 今の私でも、自分の過ちを認められるかはわからない。だって意地を張ることで、自分の心を守ってきたから。

 あれはもう終わったこと。もう思い出さなくてもよい過去の記憶──それでも消えることのない思い出は、私の心を毎日のように苦しめるのだった。
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