妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
4 穏やかな日常
及川先生の葬儀から一週間が過ぎた。北斗とはあの日以降会うこともなく、平和な日常が流れていく。そのたびに、あの時の自分の決断は間違っていなかったのだと思えた。
連絡先も知らないのだから、彼はこれから先も交わることのない存在。心をざわつかせることもなく、穏やかに静かに過ごしていければそれで良かった。
仕事を終えた花梨は、いつもより早めに職場を出て、絵本の打ち合わせのために出版社を訪れていた。ビルの入口を抜けて受付を済ませると、二階に上がるためにエレベーターを呼ぶに気になれず、つい階段を駆け上がってしまう。
絵本の部署に向かっていると、どの社員の机も本や資料で溢れかえっており、その風景を見るのが楽しかった。というのも、花梨の自宅の机の上も、同じように本が重なり合っているため、不思議と仲間意識のようなものが湧いてくる。
しばらくすると、花梨に手を振る女性に気付く。それが担当者の伊藤だとわかると、花梨は安心したように息を吐いた。
「山之内先生、お仕事の後に呼び出しちゃってすみません。大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。何かありましたか?」
「ちょっと表紙のことで相談があって。メールでも良かったんですが、実物を見てもらった方が色合いのイメージがつきやすいかなって思って」
伊藤のデスクのそばまで歩いていくと、彼女は近くにあった椅子を手に取ると、花梨に座るよう促した。
「あっ、そうだ。それとコレ、ご自宅に送らせていただこうと思っていたんですけど、せっかくなので」
そう言うと、伊藤は机に置かれた封筒を一つ、花梨に手渡した。それを見るなり、花梨は誰からの手紙か察しがつき、嬉しそうに微笑んだ。
「もしかして、テディさんからですか?」
封筒の裏面にはクマの顔のスタンプが押され、下の方には"テディより"と書かれていた。
「毎月必ず届きますね」
「住所が書いていないから返事はできないですけどね」
テディからの手紙を初めて受け取ったのは、花梨の初めての絵本が発売された頃だった。テディはどうやら子供に関わる仕事をしているらしく、読み聞かせをした時の様子や、自身が感じたことなどを手紙に書いて、毎月のように送ってくれるのだ。
花梨も普段から仕事の一環として読み聞かせをする機会があるが、別の誰かが自分の書いた絵本を読み、そのことを毎月報告してくれるのは嬉しかった。
連絡先も知らないのだから、彼はこれから先も交わることのない存在。心をざわつかせることもなく、穏やかに静かに過ごしていければそれで良かった。
仕事を終えた花梨は、いつもより早めに職場を出て、絵本の打ち合わせのために出版社を訪れていた。ビルの入口を抜けて受付を済ませると、二階に上がるためにエレベーターを呼ぶに気になれず、つい階段を駆け上がってしまう。
絵本の部署に向かっていると、どの社員の机も本や資料で溢れかえっており、その風景を見るのが楽しかった。というのも、花梨の自宅の机の上も、同じように本が重なり合っているため、不思議と仲間意識のようなものが湧いてくる。
しばらくすると、花梨に手を振る女性に気付く。それが担当者の伊藤だとわかると、花梨は安心したように息を吐いた。
「山之内先生、お仕事の後に呼び出しちゃってすみません。大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。何かありましたか?」
「ちょっと表紙のことで相談があって。メールでも良かったんですが、実物を見てもらった方が色合いのイメージがつきやすいかなって思って」
伊藤のデスクのそばまで歩いていくと、彼女は近くにあった椅子を手に取ると、花梨に座るよう促した。
「あっ、そうだ。それとコレ、ご自宅に送らせていただこうと思っていたんですけど、せっかくなので」
そう言うと、伊藤は机に置かれた封筒を一つ、花梨に手渡した。それを見るなり、花梨は誰からの手紙か察しがつき、嬉しそうに微笑んだ。
「もしかして、テディさんからですか?」
封筒の裏面にはクマの顔のスタンプが押され、下の方には"テディより"と書かれていた。
「毎月必ず届きますね」
「住所が書いていないから返事はできないですけどね」
テディからの手紙を初めて受け取ったのは、花梨の初めての絵本が発売された頃だった。テディはどうやら子供に関わる仕事をしているらしく、読み聞かせをした時の様子や、自身が感じたことなどを手紙に書いて、毎月のように送ってくれるのだ。
花梨も普段から仕事の一環として読み聞かせをする機会があるが、別の誰かが自分の書いた絵本を読み、そのことを毎月報告してくれるのは嬉しかった。