妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜

5 意図的な依頼

 絵本を読み始めると、子どもたちの反応が面白くて、花梨自身もその世界に入り込んでいく。メモを取りたい気持ちを抑えながら、言葉一つ一つを忘れないように頭に記憶する。

 あまりにも盛り上がって楽しい時間だった。だからそのことに気付けなかった。

 絵本を読み終わり、拍手が湧き起こる中、
「あっ、北斗先生! いつからいたのー?」
という声がしたのだ。

 ハッと我に返り、声のした方向に向き直った花梨は、眉間に皺を寄せて口を閉ざした。その視線の先には、楽しそうな笑顔を浮かべながら、子どもたちに絡まれている北斗の姿があったのだ。

「んー? 実は四ページ目から、後ろでこっそり見てた」
「なんだー、早く言ってくれればいいのにー」
「だって絵本の邪魔をしたくないじゃないか。それにみんなすごく楽しそうだったし」
「楽しかったよー! それにね、北斗先生が知らないこともたくさん教えてくれたし」
「見てた見てた。先生もびっくりだったよー。何回読んでも、気付かないことってあるんだなぁ」

 目の前に北斗が現れ、空気が彼を中心に流れ始める。どうしていいかわからず、椅子に座ったまま動けずにいると、白井がそばにやってきて子どもたちに声をかけた。

「ほらほら、山之内先生が困ってますよ! ちゃんと座って。菱川先生、ちょうどいいから一言もらってもいいですか? 山之内先生をお招きしたいって言った張本人なんですから」

 白井の言葉を聞いて、花梨は困ったように立ち上がる。

「い、いえ、一言だなんて、そんな……」

 しかし北斗は花梨の言葉をかき消すように、
「うわぁ、山之内先生に一言だなんて照れるなぁ。でもせっかくだし、想いをしっかり届けちゃおうかなぁ」
と言いながら花梨の方へ歩いてきた。
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