妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜

エピローグ

 花梨は絵本を手に、緊張した面持ちで第一総合病院の小児病棟のプレイルームの中にいた。久しぶりに花梨の新刊が発売されたこともあり、北斗の希望で、再び子供たちに向けてお話会を開くことになったのだ。

 子どもたちがプレイルームのマットに座る様子を、花梨は深呼吸をしながら、緊張した面持ちで見つめていた。

 北斗くんがいてくれたら、安心出来るんだけど──そんなことを思いながらプレイルームの中を見渡したが、彼の姿は視界の中にはいなかった。

 今朝届いたメッセージには、『少し立て込んでいるけど、お話会にはちゃんと行く』と書かれていた。しかし今いないことを考えると、何か急用でも入ったのかもしれない。

 ぼんやりと考え事をしていたら、
「では花梨先生、お願いします」
と声が聞こえてきて、慌てて子どもたちの正面に置かれた椅子まで小走りで進んでいく。

 気を取り直し、子どもたちに挨拶をしようとした時だった。観客の後方に愛佳を見つけ、花梨の体がこわばった。いつものように、どこか強気な笑顔を浮かべてこちらを見ていたので、不安な気持ちを隠すようにわざと視線を逸らした。

 出来れば彼女には会いたくなかった──愛佳と対峙したあの日以来、ここに来るのが怖くなってしまい、デートの日でもなるべく北斗の部屋で待つようになったのだ。

 今日も小児病棟に行くだけなら、彼女に会わずに済むと思っていたのに、まさかこの場にいるとは思いもしなかったのだ。

 緊張と不安と気まずさが悶々と心を支配していく中、司会を担当していた白井が花梨の横で口を開く。

「いつもならここで花梨先生にご挨拶をしてもらうのですが、今日は花梨先生のことを紹介したくて仕方のない人が来ているので、その方にお願いしたいと思います」

 そう言うと、白井はプレイルームの出入口に目をやった。全員の視線が出入口に向かうと、そこには満面の笑みを浮かべた北斗が立っていた。
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