『契約妻なのに、夫の独占欲が止まりません』

第13章「告白の意味」

 

 ――夢のようだ。
 昨夜、自分は確かに彼女の名を呼び、何かを言った気がする。
 けれど、それが夢だったのか、現実だったのか。

 又、髪に触れようとした瞬間、結奈が目を覚ました。

「……目が覚めたんですね」
「ああ」
「よかった……心配しました」

 ほっと息をつく彼女の目の縁は赤い。
 眠らずに看病していたのだとすぐに分かった。

「迷惑をかけたな」
「迷惑なんて……そんなこと、言わないでください」
「俺が倒れたら、誰も代わりはいない。社長にも――」
「社長より、あなたの身体のほうが大事です!」

 思わず言葉が強くなり、二人の間に沈黙が落ちる。
 やがて、結奈がそっと視線を落とした。
「……昨日、夢の中で何か言ってましたよ」
「夢?」
「“好きだ”って」

 その瞬間、悠真の表情が固まった。
 彼女はかすかに笑う。
「きっと、熱のせいですよね」
「……そうだな」
「でも、もし本気だったら……どうしてそんなことを?」

 悠真は、しばらく答えられなかった。
 そして、静かに目を閉じた。

「もし本気で言ったのなら……君を苦しめるだけになる」
「どうして?」
「俺は社長の秘書で、君の父親に仕える立場だ。
 ずっとそう自分に言い聞かせてきた。
 けれど――理性より先に、心が君を選んでしまった」

 結奈の胸がざわめいた。

「……“恋をするなら俺にしろ”って言ったのに?」
「あの言葉は、俺自身を止めるためのものだった。
 誰かに取られるくらいなら、せめて俺のそばにいてほしかった。
 けど、本当は――俺が一番、君に触れたかった」

 低く掠れた声。
 まっすぐな瞳の奥に、抑えきれない熱が宿っていた。

「そんな資格、俺にはない。
 社長の娘を愛するなんて、あってはならないことだ」
「誰が決めたんですか、そんなこと」
「現実がだよ」
「現実なんて、もう壊れてる」

 結奈の声が震えた。
 けれど、その目はまっすぐ彼を見つめている。

「あなたが倒れた夜、怖かったんです。
 もう二度と会えない気がして。
 その時、やっと分かりました。
 私――あなたがいないと、何も感じられない」

 彼の手が、無意識に伸びる。
 触れそうで、触れない距離。

「結奈」
「はい」
「君は、俺の理性を全部壊す」
「壊していいんです。もう、壊してほしい」

 静寂。
 ふたりの呼吸だけが、ゆっくりと交わっていく。
 けれど、悠真はその手を途中で止めた。

「……触れたら、終わりになる」
「終わりじゃなくて、始まりです」
 結奈は微笑む。
 涙が光にきらめいて、朝の空気に溶けた。

「私はもう、“契約”なんてどうでもいい。
 あなたが好きです」

 その告白に、悠真の喉が震えた。
 そして、彼はゆっくりと顔を上げる。
 その目に、迷いはなかった。

「……俺も君を愛してる」

 その言葉は、囁くように、けれど確かに響いた。
 朝の光がふたりの間に差し込み、白いカーテンを揺らす。

 悠真はそっと彼女の手に触れた。
 これまで何度もすれ違った指先が、ようやく重なった瞬間だった。

 ――この指先を、もう二度と離さない。
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