『契約妻なのに、夫の独占欲が止まりません』
第17章「愛の代償」
公表から三日。
会社の空気は、まだ落ち着いていなかった。
朝の出社時、エントランスではまだ記者の姿がちらほら見える。
社内では視線が交錯し、噂が飛び交う。
「やっぱり令嬢と結婚してたんだって」
「上に取り入るためじゃないの?」
「いい人だったのにね……残念」
耳に届く囁きの一つひとつが、胸を刺した。
だが、結奈は顔を上げて歩いた。
悠真と並んで――堂々と。
けれど、そんな決意を試すように、
午後には重たい知らせが届く。
「間宮社長が倒れたと――!」
廊下に響いたその声に、結奈の身体が硬直した。
駆け出すと、秘書課の女性が青ざめた顔で報告していた。
「執務中に突然……救急搬送されました」
視界が揺れる。
何も考えられなかった。
病院の白い廊下。
機械の音と消毒液の匂いが冷たく漂う。
ベッドに横たわる父の顔は、今まで見たことがないほど弱々しかった。
「お父様……」
震える声で呼ぶと、父はゆっくりと目を開けた。
「結奈……来たのか」
「無理しないで。今は喋らないで」
「大丈夫だ」
微笑もうとするが、その笑みが痛々しい。
「……本当はな、無理をしていた。
君たちの結婚が社内にどう受け止められるか……気がかりで」
「そんな、私たちのせいで――」
「違う。おまえたちのせいではない。
ただ……“父親として”強くあろうとしすぎたのかもしれん」
その言葉に、結奈の胸が詰まる。
「社長」
悠真が静かに膝をついた。
「申し訳ありません。僕が軽率でした」
「……顔を上げろ、悠真」
父の声が、弱いが確かに響いた。
「おまえが結奈を守ると決めたなら、最後まで守り抜け。
誰に何を言われても、背を向けるな」
「……はい」
「それが“間宮家の婿”の務めだ」
父の言葉に、悠真は深く頭を下げた。
病院を出た帰り道、
結奈は夜風に当たりながら小さく息を吐いた。
「……怖いですね」
「何が?」
「幸せになった途端に、いろんなものが壊れていく気がして」
「壊れるものがあるのは、守りたいものができた証拠だ」
「……あなたって、たまにズルい言い方しますね」
「そうか?」
「はい。ずるくて、優しい」
結奈が微笑むと、悠真もわずかに笑った。
街灯の下、二人の影が重なる。
しかしその時、悠真の携帯が鳴った。
表示された番号を見て、表情が変わる。
「……取引先の榊商事だ」
短く通話を済ませたあと、彼の顔には険しい影が落ちていた。
「どうしたんですか?」
「契約解除だ。理由は“私情が会社経営に影響する恐れがある”」
「そんな……!」
結奈の胸が締めつけられる。
――愛を選んだ代わりに、守るべきものを失っていく。
それが、“現実”という名の代償だった。
その夜、リビングのテーブルに契約書の束を広げながら、悠真が静かに言った。
「結奈。覚悟してほしい」
「……はい」
「この先、俺と一緒にいる限り、君はきっと傷つく。
それでも――後悔しないか?」
「しません」
迷いなく答える。
「私は、愛されるだけの人生じゃなくて、愛する人生を選びました」
その言葉に、悠真の手が止まる。
次の瞬間、彼は結奈を抱き寄せた。
静かで、強い抱擁。
何も言わなくても、すべてが伝わった。
「ありがとう。君がいてくれたら、どんな代償も恐れない」
「……私も」
雨上がりの夜空に、遠く稲光が走った。
けれどその光は、二人の影をより強く照らしていた。
――愛の代償を払ってでも、離れられない人がいる。
会社の空気は、まだ落ち着いていなかった。
朝の出社時、エントランスではまだ記者の姿がちらほら見える。
社内では視線が交錯し、噂が飛び交う。
「やっぱり令嬢と結婚してたんだって」
「上に取り入るためじゃないの?」
「いい人だったのにね……残念」
耳に届く囁きの一つひとつが、胸を刺した。
だが、結奈は顔を上げて歩いた。
悠真と並んで――堂々と。
けれど、そんな決意を試すように、
午後には重たい知らせが届く。
「間宮社長が倒れたと――!」
廊下に響いたその声に、結奈の身体が硬直した。
駆け出すと、秘書課の女性が青ざめた顔で報告していた。
「執務中に突然……救急搬送されました」
視界が揺れる。
何も考えられなかった。
病院の白い廊下。
機械の音と消毒液の匂いが冷たく漂う。
ベッドに横たわる父の顔は、今まで見たことがないほど弱々しかった。
「お父様……」
震える声で呼ぶと、父はゆっくりと目を開けた。
「結奈……来たのか」
「無理しないで。今は喋らないで」
「大丈夫だ」
微笑もうとするが、その笑みが痛々しい。
「……本当はな、無理をしていた。
君たちの結婚が社内にどう受け止められるか……気がかりで」
「そんな、私たちのせいで――」
「違う。おまえたちのせいではない。
ただ……“父親として”強くあろうとしすぎたのかもしれん」
その言葉に、結奈の胸が詰まる。
「社長」
悠真が静かに膝をついた。
「申し訳ありません。僕が軽率でした」
「……顔を上げろ、悠真」
父の声が、弱いが確かに響いた。
「おまえが結奈を守ると決めたなら、最後まで守り抜け。
誰に何を言われても、背を向けるな」
「……はい」
「それが“間宮家の婿”の務めだ」
父の言葉に、悠真は深く頭を下げた。
病院を出た帰り道、
結奈は夜風に当たりながら小さく息を吐いた。
「……怖いですね」
「何が?」
「幸せになった途端に、いろんなものが壊れていく気がして」
「壊れるものがあるのは、守りたいものができた証拠だ」
「……あなたって、たまにズルい言い方しますね」
「そうか?」
「はい。ずるくて、優しい」
結奈が微笑むと、悠真もわずかに笑った。
街灯の下、二人の影が重なる。
しかしその時、悠真の携帯が鳴った。
表示された番号を見て、表情が変わる。
「……取引先の榊商事だ」
短く通話を済ませたあと、彼の顔には険しい影が落ちていた。
「どうしたんですか?」
「契約解除だ。理由は“私情が会社経営に影響する恐れがある”」
「そんな……!」
結奈の胸が締めつけられる。
――愛を選んだ代わりに、守るべきものを失っていく。
それが、“現実”という名の代償だった。
その夜、リビングのテーブルに契約書の束を広げながら、悠真が静かに言った。
「結奈。覚悟してほしい」
「……はい」
「この先、俺と一緒にいる限り、君はきっと傷つく。
それでも――後悔しないか?」
「しません」
迷いなく答える。
「私は、愛されるだけの人生じゃなくて、愛する人生を選びました」
その言葉に、悠真の手が止まる。
次の瞬間、彼は結奈を抱き寄せた。
静かで、強い抱擁。
何も言わなくても、すべてが伝わった。
「ありがとう。君がいてくれたら、どんな代償も恐れない」
「……私も」
雨上がりの夜空に、遠く稲光が走った。
けれどその光は、二人の影をより強く照らしていた。
――愛の代償を払ってでも、離れられない人がいる。