側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
第一話 失意の側妃
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
父、オーロン伯爵の声は、まるで、小剣の切っ先を石板に突き立てたかのように、冷たく絶対的だった。
背筋に嫌な汗が伝った。
絶望から立ちあがろうとしていたのに、それすら許されない。傷ついた心に残されていた、わずかな灯火も消えてしまった。
イリアは愛する婚約者アルフレッドと、一番の親友リリアンに裏切られ、婚約を破棄されたばかりだった。
侯爵家の子息であるアルフレッドを、イリアは『運命の相手』として深く信頼し、彼と築くはずだった平穏な未来を心から望んでいた。
「ごめん、イリア。……リリアンと結婚したい」
謝罪の言葉を口にしているのに、アルフレッドの声は淡々としていた。
そこにはもう、かつての愛はない。庭園に咲く花々を眺めながら微笑み合った日は、遠い過去のようだった。
彼の隣に立つのは、リリアン。幼いころからともに育った良き理解者。誰よりも、アルフレッドとの婚約を喜んでくれた親友……のはずだった。
彼女は震える手を握りしめながら、泣き笑うような顔をしていた。
「イリア、ごめんなさい。でも、私……本当に彼を愛しているの」
ようやく、奪えたわ。
そんな気持ちが透けて見える声に、イリアの心は静かに壊れていった。
つい昨日まで、アルフレッドと未来を誓い合っていたのに。
それが、親友の手で奪われていくなんて……。
「……どうか幸せに」
絞り出した声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
その瞬間、アルフレッドが安堵するように目を伏せ、リリアンと目配せしたのを、イリアは一生忘れないだろう。
……人の幸せを壊してまで得ようとする愛を、どうして祝福できるだろうか。
この数日、自身の心の狭さに悩み、落ち込んでばかりいたが、父の言葉はイリアを現実に引き戻した。
「側妃だなんて、私は……」
「婚約を破棄された娘などに、正当な嫁ぎ先はない。せめて、王家に恩を売り、我が伯爵家のために役立て」
野心家の父がいかに怒っているのか、イリアはその言葉の節々から感じ取った。
婚約者にも、父にも見捨てられた。悲しみを分け与える親友も、もういない。
恥知らずめ。結婚できるだけマシと思え。
そう言っているかのような、父の冷たいまなざしから目をそらし、イリアはドレスをつまんで頭をさげた。
「つつしんで、お受けいたします」
「わかれば、それでいい。さてイリア、出発は明後日。すぐに準備をしなさい」
「あまりにも……急ではありませんか?」
盾ついたように見えたのか、父は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「フェイラン陛下はまだお若いが、正妃との間に子がなく、世継ぎを望まれているのだ。おまえはただ、自身の役割を果たすがよい」
そう吐き捨てると、父はメイドに支度をするよう言いつけ、部屋を出ていった。
父、オーロン伯爵の声は、まるで、小剣の切っ先を石板に突き立てたかのように、冷たく絶対的だった。
背筋に嫌な汗が伝った。
絶望から立ちあがろうとしていたのに、それすら許されない。傷ついた心に残されていた、わずかな灯火も消えてしまった。
イリアは愛する婚約者アルフレッドと、一番の親友リリアンに裏切られ、婚約を破棄されたばかりだった。
侯爵家の子息であるアルフレッドを、イリアは『運命の相手』として深く信頼し、彼と築くはずだった平穏な未来を心から望んでいた。
「ごめん、イリア。……リリアンと結婚したい」
謝罪の言葉を口にしているのに、アルフレッドの声は淡々としていた。
そこにはもう、かつての愛はない。庭園に咲く花々を眺めながら微笑み合った日は、遠い過去のようだった。
彼の隣に立つのは、リリアン。幼いころからともに育った良き理解者。誰よりも、アルフレッドとの婚約を喜んでくれた親友……のはずだった。
彼女は震える手を握りしめながら、泣き笑うような顔をしていた。
「イリア、ごめんなさい。でも、私……本当に彼を愛しているの」
ようやく、奪えたわ。
そんな気持ちが透けて見える声に、イリアの心は静かに壊れていった。
つい昨日まで、アルフレッドと未来を誓い合っていたのに。
それが、親友の手で奪われていくなんて……。
「……どうか幸せに」
絞り出した声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
その瞬間、アルフレッドが安堵するように目を伏せ、リリアンと目配せしたのを、イリアは一生忘れないだろう。
……人の幸せを壊してまで得ようとする愛を、どうして祝福できるだろうか。
この数日、自身の心の狭さに悩み、落ち込んでばかりいたが、父の言葉はイリアを現実に引き戻した。
「側妃だなんて、私は……」
「婚約を破棄された娘などに、正当な嫁ぎ先はない。せめて、王家に恩を売り、我が伯爵家のために役立て」
野心家の父がいかに怒っているのか、イリアはその言葉の節々から感じ取った。
婚約者にも、父にも見捨てられた。悲しみを分け与える親友も、もういない。
恥知らずめ。結婚できるだけマシと思え。
そう言っているかのような、父の冷たいまなざしから目をそらし、イリアはドレスをつまんで頭をさげた。
「つつしんで、お受けいたします」
「わかれば、それでいい。さてイリア、出発は明後日。すぐに準備をしなさい」
「あまりにも……急ではありませんか?」
盾ついたように見えたのか、父は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「フェイラン陛下はまだお若いが、正妃との間に子がなく、世継ぎを望まれているのだ。おまえはただ、自身の役割を果たすがよい」
そう吐き捨てると、父はメイドに支度をするよう言いつけ、部屋を出ていった。
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