側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
第三話 孤独な王
***


 朝靄の残る中庭を、白い鳥が横切っていった。

 イリアはその姿を見送りながら、冷たく濡れた石畳を歩いていた。フェイランの寝室から戻るところだった。

 ただ同じ部屋で夜を過ごす──それだけの日々が、もう何日続いているのかわからない。今では、最初の夜のような緊張も、胸を刺すような羞恥も薄れていた。

「イリア様、いまだご懐妊の兆候はないのかと、王妃陛下が案じておられるようです」

 自室に戻り、ひと息つこうとソファーへ身を預けたところで、エルザが話しかけてくる。

「良き報告ができるよう務めております……とお伝えして」
「わかりました。そのように」

 相変わらず表情の乏しい侍女だが、その目からは、イリアを"子を産むための道具"と見下していることがありありとわかった。

 それなのに、それすらいまだに許されていないと知られたら、ますますないがしろにされるのではないだろうか。

 そろそろ、何か手を講じないといけないが、フェイランを思い出すと、これ以上の歩み寄りを急ぐ必要はないのではないかとも思えている。

 あの広いベッドの上で、彼は一度も振り返らない。それは拒絶にほかならないが、それでもイリアは、彼とほんの少し交わすあいさつ程度の会話ですら、心が落ち着いていくのを感じていた。

 まるで、穏やかな夢の中にいるようで、この生活を壊したくない、そんな思いもあった。

 エルザが無言でティーポットを置く。その動作は丁寧で、乱れがない。侍女としては格別に優秀だ。

 しかし、こちらを疲弊させる何かが彼女にはある。イリアは耐えきれず、口を開いた。

「エルザ……もう一人、侍女をつけていただけないかしら。あなたも、ずっとつきっきりでは疲れるでしょう?」

 エルザはティーカップを並べる手を止めず、淡々と答える。

「お気づかいは無用でございます。陛下からお世話を任じられたのは、この私だけです。ほかの者では務まりません」

 その声音には、“あなたのような側妃の相手など、誰がしたいものですか”とでも言いたげな棘があった。

 イリアは唇を噛みしめ、ここへ来た日のことを思い出した。

 エルザはわざと間違った礼を教えた。

 いずれ捨てられる側妃をあてがわれた腹いせか、フェイランの前で恥をかかせようとしたのは間違いない。指摘してやりたい衝動がのどまでこみ上げたが、どうにか飲み込んだ。

 言い返しても、みじめになるだけだ。そう自分に言い聞かせた。
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