側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません
第二話 冷酷な通達



 東棟の客室に通されてから、小一時間ほど、いまだ荷を解くこともできず、イリアは窓の外をぼんやりと眺めていた。

 これから始まる王宮生活への不安で、何も手につかない。一つ、小さなため息をついたとき、コンコンと扉が叩かれた。

 現れたエルザを見て、イリアの心はどんよりと曇った。淡々とした彼女のとりつく島のない様子を目にするだけでげんなりする。

「イリア様、王妃陛下がお呼びでございます。すぐにご参上ください」

 長旅で疲れ切っていたが、一気に目が覚めたようにイリアはまばたきをした。

「……王妃陛下が、私を?」
「はい。お支度を整えてくださいませ」

 フェイラン国王陛下の正妃、リゼット・アーデンは、国内でもっとも広大な領土を有するアクトン公爵家の娘。容姿端麗であり、若き王を支える冷静な女性だと聞いている。

 これまで、イリアが逆立ちしても会うことのできなかった王妃が、まさか、やってきたばかりの側妃に会いたがるなど、想像もしていなかった。

 イリアは不安を押し隠し、衣装を整えた。しかし、心の準備は整わないまま、エルザとともに部屋を出た。

 彼女は王妃について何も語らなかった。どんな人なのか、聞き出すこともできず、イリアはまるで、身を焼かれているかのような気分になりながら、真っ赤なじゅうたんの上を進んだ。

 重苦しい沈黙の中、ようやく到着した王妃の居室は、意外にも国王の私室とは違う塔にあった。

「イリア・ローレンス様をお連れいたしました」

 エルザの声と同時に、雅やかな扉が静かに開かれた。

 両脇には侍女が並び、その奥には、燃えるような赤い髪を結い上げ、雪のように白い肌をした女が座っていた。

 イリアを目に止めた彼女は立ち上がることなく、柔らかくほほえんだ。イリアはハッとし、視線を床に落とすと、身をかがめて胸の前で手を重ねた。

「お目にかかれて、光栄でございます。イリア・ローレンスと申します」
「ようこそ、イリア。正しい礼をありがとう。あなたのような方なら……陛下もお心を開かれるかもしれませんね」

 イリアはほっと息をつく。挨拶は間違っていなかった。その上、リゼットの声は柔らかく、まるで、花弁の上をなでるそよ風のように優しかった。

 しかし、次の瞬間には、思いもよらないことを言われ、イリアはリゼットを凝視してしまっていた。
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