リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜

リシェル・ベッカーの失踪から一週間が経過。隣国との国境付近にて

「まさかリシェルまで事故に遭うとはな……」

 隣国へ向かう馬車の中で、フランク・ベッカー伯爵は呟く。
 事故が起こったのはリシェルがギルバート邸を出て三日後のことらしい。

 発端は、国境付近に畑から戻る途中の夫婦が、現場の近くを通りかかり、無残に壊れた馬車と女性が倒れているのを発見したことから始まった。赤い花に囲まれて眠っているその姿は、まるで眠り姫そのものだと思ったそうだ。
 早々に騎士団が手配されたが、女性はすでに手遅れだった。馬車にあったベッカー家の家紋と荷物から、女性がリシェル・ベッカーだと判明し、アルカディアへ使いを出したが、王家に通達されたのは発見から翌日の明朝だった。

「すぐにリシェルだとわかったのは不幸中の幸いだったな」
「ええ。ソクラ草の一件もあり、どうやらリシェル様は隣国でもお顔が広いようです。そして事故を起こした場所では、五年程前に似たような事故が起きている――偶然と呼ぶには恐ろしいものですね」

 父の代からずっと仕えている家令が答える。
 きれいに撫でつけた白髪は一切乱れておらず、平然とした態度でここまでやってきたが、グランヴィルに近づくにつれ、顔色は少しずつ青ざめていた。無理もない、リシェルの幼少期からずっと見守ってきたのだ。孫に近いものを感じているのだろう。

(もしくは、ハンクと同じ最期だったからか)

 フランクは馬車の外を見つめる。今向かっているのは、リシェルの遺体が保管されている教会だ。

「ハンク様もオリビア様も、さぞ残念でしょう。お嬢様とこんなに早く再会されるとは、思ってもいなかったはずです」
「……それもまた、運命と呼ぶのだろうな」
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