リシェル・ベッカーが消えた日〜破滅と後悔はすぐそこに〜
第二章 幸せは嵐の前触れ
リシェル・ベッカーの失踪から一ヵ月が経過。ギルバート公爵邸にて
葬儀を終えた直後、リシェルがギルバート公爵家でこなしてきた役割を、今後はベンジャミンが受け持つことになり、早くも一ヶ月が経つ。
元々、領地の管理についてはリシェルと二人で行うように命じられていたが、リシェルに丸投げして、ベンジャミンは報告を聞くだけという状態だった。
よって、ベンジャミンが持つ領地の知識はゼロに等しい。父親である公爵が直々に息子の指導に当たることとなった。
ようやくひと段落をつくことができたベンジャミンは、自室のソファで大きな溜息を吐いた。
今の領地は、大雨で被害が出た地域の復興が未だ収束していない。リシェルが打開策を考えると言って図書館で何やら調べていたそうだが、婚約破棄の話でそれどころではなくなった。
もしあの時、すでに何か掴んでいたのかもしれないと思うと、惜しいことをしたと思う。
「それにしても、リシェルは一体どこに行ったんだ?」
ふと、葬儀の場を思い出す。リシェルの遺体がなかったことを周囲から指摘されると、フランクが真っ先に悲劇の身内を演じることで事なきを得た。
『深手を負った姪は、この世のものではないほど醜く恐ろしい姿になってしまった。きっと本人もこんな姿を見られたくはないだろう。伯爵令嬢として、一人の女性として、完璧な彼女にとっては汚点でしかない。だから棺は空っぽにした。どうか、姪にできる最後の手向けを許して欲しい』
うっすらと涙を浮かべ、嗚咽を吐いてその場に立ち崩れる姿は見事なものだった。現にフランクは、弟夫婦を同じ馬車事故で亡くしている。当時から彼のことを知っている者は、不幸の連鎖に同情していた。
(確かに可哀想だったけど、そこまで計算に入れていたとしたら、ベッカー伯爵は本当に食えない奴だな)
ベンジャミンはフランクと取引する上で、互いの魔法を明かしている。言葉で相手を惑わせ、意図した先へ誘導させるフランクの魔法はあの場にはおあつらえ向きだった。
もしベンジャミンがリシェルの亡骸に品質を保つ魔法をかけていたら――と思ったが、人や動物、植物といった生きているものには効果的だが、死んだものに対しての効果は期待できない。気味が悪いから、試したことなんてないけれど。
しかし、硬く閉ざされた瞳や唇の輪郭はとても美しかった。あの独特な死の香りさえなければ、ベンジャミンは彼女に復縁を求めていたかもしれない。たとえ、二度と目覚めぬ屍だったとしても。
「……リシェル、僕は君がわからないよ」
ベンジャミンは机の上に置きっぱなしにしていた、葬儀の場でフランクが握り潰したカードを掲げる。
『私はすべてを知っている』――その言葉は、最後に見た時よりもずっと前に言われていた言葉だった。
元々、領地の管理についてはリシェルと二人で行うように命じられていたが、リシェルに丸投げして、ベンジャミンは報告を聞くだけという状態だった。
よって、ベンジャミンが持つ領地の知識はゼロに等しい。父親である公爵が直々に息子の指導に当たることとなった。
ようやくひと段落をつくことができたベンジャミンは、自室のソファで大きな溜息を吐いた。
今の領地は、大雨で被害が出た地域の復興が未だ収束していない。リシェルが打開策を考えると言って図書館で何やら調べていたそうだが、婚約破棄の話でそれどころではなくなった。
もしあの時、すでに何か掴んでいたのかもしれないと思うと、惜しいことをしたと思う。
「それにしても、リシェルは一体どこに行ったんだ?」
ふと、葬儀の場を思い出す。リシェルの遺体がなかったことを周囲から指摘されると、フランクが真っ先に悲劇の身内を演じることで事なきを得た。
『深手を負った姪は、この世のものではないほど醜く恐ろしい姿になってしまった。きっと本人もこんな姿を見られたくはないだろう。伯爵令嬢として、一人の女性として、完璧な彼女にとっては汚点でしかない。だから棺は空っぽにした。どうか、姪にできる最後の手向けを許して欲しい』
うっすらと涙を浮かべ、嗚咽を吐いてその場に立ち崩れる姿は見事なものだった。現にフランクは、弟夫婦を同じ馬車事故で亡くしている。当時から彼のことを知っている者は、不幸の連鎖に同情していた。
(確かに可哀想だったけど、そこまで計算に入れていたとしたら、ベッカー伯爵は本当に食えない奴だな)
ベンジャミンはフランクと取引する上で、互いの魔法を明かしている。言葉で相手を惑わせ、意図した先へ誘導させるフランクの魔法はあの場にはおあつらえ向きだった。
もしベンジャミンがリシェルの亡骸に品質を保つ魔法をかけていたら――と思ったが、人や動物、植物といった生きているものには効果的だが、死んだものに対しての効果は期待できない。気味が悪いから、試したことなんてないけれど。
しかし、硬く閉ざされた瞳や唇の輪郭はとても美しかった。あの独特な死の香りさえなければ、ベンジャミンは彼女に復縁を求めていたかもしれない。たとえ、二度と目覚めぬ屍だったとしても。
「……リシェル、僕は君がわからないよ」
ベンジャミンは机の上に置きっぱなしにしていた、葬儀の場でフランクが握り潰したカードを掲げる。
『私はすべてを知っている』――その言葉は、最後に見た時よりもずっと前に言われていた言葉だった。